ヒョヌ君のマジックショー

結婚式と並んで、年末の訪韓の二つ目の目的は、知人の出演するマジックショーを見る事。メイン出演者のチェ・ヒョヌ君とは二〇〇二年の夏、アメリカのマジック・コンテストで初めて出会った。小柄で色白の男の子で、女の子と見まがうくらい可愛い顔をしている。歳はまだ二十代半ばくらい。彼は筆者とは違うクロースアップ・マジックと呼ばれるカテゴリーに出場していたが、幸いな事に双方とも予選を通過し、本選の表彰式の後、握手を交わした時が初めて言葉を交わした時でもあった。

実を言うと、この時の彼の演技はなんだか子供っぽい演出であまり好きではなかったのだが、その後、別のコンテストでも顔を合わせる事があり、なかなか独創的なアイデアを持った腕の良いマジシャンだという事がわかった。実際、彼は韓国では二番目に有名なスターマジシャンなのだった。

彼の所属するマジック専門プロダクションの社長(彼もまだ二十代だ!)は韓国でのマジシャンの地位を、俳優など他の芸能人と同じくらいに向上させ、マジックを人々により親しみ易いものにする事を目標としている。初めはたった三人で、ごく小額の資金で会社を立ち上げ、二、三年で韓国一のマジック・プロダクションに成長させてしまった。この社長は只者ではない。

また、人々の間にも一気にマジック人気が広まり、韓国では若いマジックファンが爆発的に増えたらしい。数年前、筆者がマジックをやっていると韓国の知人に言っても、韓国には有名なマジシャンはいないからどういうものかイメージがわかないという反応をされたのだが、今は誰に訊いてもすぐに名の挙がる有名な若手がいる。その一人がヒョヌ君なのだ。社長の思惑は現在、成功の一途を辿っているようだ。

ステージに主役のヒョヌ君が登場するまでに、まだかまだかと気を持たせるような前振りが続き、いざ、本人が出て来ると、客席はまるでアイドルが出てきたかのような大盛り上がりぶり。もっとも、韓国人は元々非常にノリの良い人々なのだけど。筆者の隣にいた中年のご夫婦など、始終両手を振り上げて拍手喝采、オバさんの方はこれでもか、これでもか、としつこいくらい、「う~、う~、う~」と唸り続けていた。あり?ヒョヌ君、こんなオバさんファンまでいるの?社長の思惑、ここまで至ったか、と感心したのだが、それにしてもあまりにも様子が変だ。で、この時、筆者の脳裏には過去のとある光景がぱぱっとよぎった。

筆者が学生の頃、大学祭でマジックショーを開催した時、筆者は客席後方でビデオ撮影をしていた。その時、とある後輩の出演中、客席前方で妙にエキサイトし過ぎているオバさんの存在を目にしていたのだった。勿論、かの後輩はただの素人学生マジシャンで、スターなどではないし、両手を振り上げて拍手喝采するほどの腕前でもない。「あのオバさんは彼女の母親に違いない」と筆者は確信した。

ビンゴ。

その事は暫くの間、「○○さんのお母さん」と皆の間で話題になり続けたのだった。

この中年夫婦、ヒョヌ君のご両親かもしれない…。

果たして、ビンゴ。

ショーの終了後、舞台裏でヒョヌ君に会った時、まさに筆者の隣にいたオジサンが彼と親子らしく立ち話している場面を目にしたのだった。

そんな事はともかく、ヒョヌ君のショーはとても面白かった。まず、ステージのディスプレイ。背景に巨大なモニターを並べ、そこに現れる映像がそれぞれの場面に合わせた背景となる。ステージ上方にも小型のモニターがいくつも吊り下がっており、中央のモニターと同じ映像が流され、更に華やかさを演出する。周りの大道具のデザインは場面毎に少しずつ変えられ、それだけで雰囲気を楽しめた。音楽の選曲も凝っていたし、喋りの中には韓国人には馴染みのギャグがてんこ盛り。客席からは始終笑いが起こっていた。

また、ポピュラーな映画を場面場面のテーマとしてピックアップし、場面毎にその内容に合わせた衣装で登場する。マジックのネタもその映画のテーマに沿うものを選んでいる(或いはマジックに合わせた映画を選んだのかも)。

他の出演者の使い方はヒョヌ君を立てる演出であっさりしていたが、それぞれに力があって楽しめた。時たま出てくるアシスタントの女性は動きや表情が大変洗練されていたので、彼女はプロの女優さんですか?と社長に訊ねたら、日本でも人気を博したパーカッション・パフォーマンス、NANTAに出演していた方だそうだ。

場面転換や衣装替えの間は、両脇にあるスクリーンにプロジェクターで様々な映像を映し出し、退屈しない工夫がなされていた。通常のマジックショーだと、こういう部分は司会者の退屈なお喋りやつまらんマジックの小ネタになってしまうのだけど。恐らく、ショーの構成や舞台美術など、各方面の専門家を起用し、チームで取り組んで作り上げたものだろう。普通、マジックショー単独でここまでお金をかけたショーはなかなか見られない(超大物ならともかく)。マジックショーというよりは、良質のミュージカルを見ているようだった。この時は結婚式のついでに行った訳だけれども、これだけのためにわざわざ韓国に行ってもいいな、と思わせる内容だった。

もっとも、ヒョヌ君はお喋りが主体のパフォーマーなので、韓国語がわからないとちょっとキツい部分もある。が、言葉が不要なネタもあるし、演出の素晴らしさに加え、何よりも観客のノリが恐ろしくよろしいのでそれだけで十分楽しい雰囲気が味わえる。勿論、少しでも韓国語がわかればますます楽しめるだろう。

筆者は韓国に到着したその日に見に行ったのだが、この先一週間滞在する、と言ったら、チケット手配するから良かったらもう一度見においでよ、と言ってくれた。なんと嬉しいお誘いではないか。色々と予定が詰まっていたが、何とか時間を作って行く事にした。二回目は韓国語もぼちぼちわかる部分が出てきて、より楽しめた。

クリスマス直前、週末を除けば交通費もさほど高くはない。韓国旅行も堪能しつつ、訪れてみてはいかがだろうか?

ところで、一回目に見た時、アンコールで出てきたヒョヌ君、慌てていたのか、なんとズボンの前方からなにやら白い物が覗いていた。観客のいくらかは気付いたようなのだが、なんと、その中の一人、筆者の席の一つ置いて隣にいたオバさん、即ちヒョヌ君の母上が「チャックが開いてるよ~~~~!」と猛々しく叫んでしまった(韓国でも「チャック」というんだね!これは日本の商標名なのだ)。

え~~~~~!お母さん!そんな声高らかに!

日本のお母さんだったら絶対有り得ない行動。おみそれしました、韓国オモニム…。

これは全くのアクシデントだったらしく、ヒョヌ君はそつなくその場を切り抜けたものの、マジで恥ずかしかったらしい。公演の後、何かアドバイスはない?と訊かれたので、何にもないよ、良かったよ、と答えると、そんな事ないだろう、何かあるでしょう、と迫ってくるので、「ちゃっく」と一言口にしたら、その途端、両手で顔を覆って、ぴゅ~~~~とその場を去って行ってしまった。

そう言えば、筆者の大学の後輩で、やはり前を開けたままステージに出てしまった子がいて、彼は未だに皆から「ちゃっく」と呼ばれている。