ぱぼさん
韓国語で「ばか」の事を「ぱぼ」というらしい。関西弁の「あほ」のような感じで、若い人が結構気軽に「ぱ~ぼぉ」と口にしている。事もあろうに、これがニックネーム(?)になっている韓国人の知人がいる。彼の最初の挨拶は「Call me “Crazy”!」だった…。オヨヨ。
韓国でマジックショーに出演した時、彼はスタッフとして働いていた。この時はお互い忙しくてあまり話もしなかったのだが、この直後にオランダで開催されたマジック大会に他のスタッフ達と共に来ており、そこで再会した。筆者はこの大会へは(と言うか、この大会へ「も」)単独で出掛けており、会場で初めて出会った知人が彼らだったので、再会の喜びはひとしおだった。
基本的に、筆者は1人でいても全く平気なのだが、良い年頃の女が1人でふてぶてしく行動しているのが奇異に映ったらしく、なんだか何かにつけて彼らは構いまくってくれた。
さて、「Crazy」君の韓国語のニックネーム(?)が「ぱぼ」さんだと聞いたのはこの時なのだが、それを教えてくれたのが、何事も大仰に尾鰭を付けて話さないと気が済まない人だった。彼は「Crazy」が如何に「ぱぼ」さんであるか、実例と共に熱く語ってみせたのだが、筆者はその人の言う事はついつい話半分に聞く癖になっている。「またまたまた、一の話を十にして…」と、「実際以上」にバカ呼ばわりされているのであろう「Crazy」に、筆者はむしろ同情的だった。
が。彼は母国に於いて大いに本領を発揮してくれた。
その日の夜8時、「ぱぼ」さんとは筆者の宿泊先の近所で晩御飯をご一緒する事になっていた。昼間はいつものように地元民用の日本語の通じない市場をブラブラしていたのだが、あまりの寒さに耐えられなくなり、取り敢えず地下鉄に逃げ込んだ。そして、この駅に来る途中の地下鉄の駅名に、知人の事務所の住所の区名と同じ物があった事を思い出した。きっとここからそう遠くもあるまい、他に予定もないし、ちょっと寄らせて貰おう、と思って電話をした。昼間は暇ですから、と、喜んで迎え入れてくれたのだが、先方は何故だか、筆者がその晩「ぱぼ」さんと会食する事を知っていた。お互い共通の知り合い同士なので、筆者が訪ねて来る事を「ぱぼ」さんに知らせ、オメエも遊びに来いよ、とか何とか言ったらしいのだ。彼の勤め先もこの近所なのだという。
「○○君(「ぱぼ」さんの本名)ももうすぐここに来ます。その前に一緒にお食事でもどうですか?」
今から来るって、お食事って、昼の3時ですよ?勤めを切り上げるにも、昼食にも、夕食にも、いずれにしても甚だ中途半端だ。が、夕食の約束は8時、折角のお誘いだし、軽めに食べるなら大丈夫だろう。宵っ張りなソウル人の全ての食事時間帯は、元々微妙に夜側にずれているのだ。
結局、美味しいハンジョンシク(韓定食)をご馳走になり、結構満腹となった。おかずの小皿が山と出てくるので、セーブしようと思ってもついついたくさん食べてしまうのだ。色々と用事を済ませてから事務所に戻ると、件の人はもう到着していた。5時前だよ?仕事は?
そして、彼は腹が減ったとのたまう。
すみません、ワタシは満腹です。て言うか、何でそんな早く仕事をやめてくる訳???(ぱぼ事件その1)
取り敢えずはスーパーで買ってきた菓子を食わせ、他の人々と共にダベりながら暫くダラダラした後、我々は出掛けたのであった。飲兵衛の筆者がソジュ(焼酎)が飲みたい、と言ったら、本人は全く飲めないにもかかわらず、前から行きたかった韓国居酒屋へ連れて行ってくれ、入る前から今日は僕の奢りだから、と言ってのける気の利きよう。基本的にはとっても良い奴である。
ところで、筆者が泊まっていた安宿は、門限が夜中の1時である。筆者がこの宿に辿り着いてその事を聞かされた時、あまりにも理不尽だと密かに憤慨した。眠らない街、ソウルに於いてそりゃあないだろう。ここにたむろしている外人バックパッカーの大半は、ソウルの一番美味しい所を知らずに韓国を後にしているに違いない…。などという話をふっと漏らしたら、もし門限までに帰れなかったら、自分の姉の所に泊まれば良い、と「ぱぼ」さんが言った。彼女は明るいし、面白いし、君と同い年だし、きっと良い友達になれるよ、と。そりゃあ、彼女さえ良ければ会ってみたいけど、ところで、彼女は英語か日本語が話せるの?と問うと、「う。」と答えに窮する「ぱぼ」さん。おいおい!お互い会話ができなきゃ、友達になる以前に、お姉さんも困るだろうに!まずその事に気付けよ!!!(ぱぼ事件その2)
彼女の旦那は外国出張中で、今は赤ん坊と2人暮らし。取り敢えず様子を訊いてみるよ、と彼が電話すると、近所の友達とビールを飲んでドンちゃん騒ぎをしている最中だった。赤子の母が酒宴???その脱常識感覚がなんだか面白そうだったので、門限までは大分時間があったものの、お姉さんを訪ねる事にした。弟君がいてくれればコミュニケーションは何とかなるだろう。
さて、突然の来客に嫌な顔をするどころか、むしろ興奮気味のお姉さん。顔を合わせるなり、「彼女、韓国人じゃないの?ホントに?日本人?ウソでしょ?」と弟に矢継ぎ早の質問。何だろう?また筆者に韓国人顔の気があったのだろうか???
挨拶程度は取り敢えず韓国語でして、その後は恐る恐る英語で話し掛けてみた。しかし、彼女はそれを理解するどころか、淀みなく話す事さえできたのだ。はっきり言って、意思疎通に全然問題ありません!「お姉さん、ちゃんと英会話できるじゃん」と「ぱぼ」さんをなじると、またしても「う。」彼のもう1人の姉が旦那と共にニューヨークに駐在していた事があり、その時彼女は1ヶ月ほど遊びに行っていたため、生の英会話に慣れていたそうだ。「ぱぼ」さんは、そういった事実自体を忘れていたのだという…。(ぱぼ事件その3)
ところで、彼は最近になって貿易関係の会社で働き始めたらしい。海外出張もたまにあるようで、英語を使う機会も多いようだ。そのため、独学で日々勉強をしているそうだが、それでも筆者より更に怪しい英語を操っているのが実状。時にはとんでもない勘違いをしている事も。
ある時、会話の中で妙な事に気付いた。彼は姓の事を「ファーストネーム」名前の方を「セカンドネーム」と思っているようなのだった。確かに韓国人の名前は姓が先にくるが、ファーストネームは?と訊かれて「キム(金)です」というのは明らかにおかしい。筆者の英語の知識もさほど信頼できるものではないので、訂正指南など滅多にしない。しかし、これはあまりにも顕著な勘違いだったので、一応、それは違うと言ってみた。が、十数年来正しいと信じてきた知識を否定されるのは腑に落ちなかったのだろう、元々英語なのだから、アジア人の元々の姓名の順がどうであろうとセカンドネームは姓、ファーストネームは名前だと説明しても、容易に納得しなかった。1度ネイティブの前で恥をかかないと直りそうもなさそうだ。(ぱぼ事件その4)
さて、面倒見の良い彼は、頼みもしないのに空港へ送ってくれると申し出てくれた。荷物が行きより膨れ上がり、移動が大変だったので、有り難くお受けした。また、少々買い足したい物もあったので、空港へ行く途中で大きなスーパーに寄って貰う事にした。
スーパーに着くと、「ぱぼ」さんは何を買うのか訊いてきて、それぞれ(彼が)最良(と思う)物をお薦めしてくれる。その上、伝統茶屋で筆者が飲んだオミジャチャ(五味子茶)の元まで買ってくれた。そして居酒屋で飲んだトンドン酒(濁り酒)を買おうとしたら、スーパーで並んでいる物は品質が良くないから、後で自分が良いのを買って送ってやる、とまで申し出る(そして、未だにそれは送られてこない)。典型的な韓国人お節介症候群である。
まァ、そこまでは良かったが、支払いの段になって、彼はなかなかヒットな行動を取ってくれた。支払いはクレジットカードでしたのだが、店員がサインを、とペンをよこすと、なんと彼はそれを受け取って、筆者名義のカードの支払いに対して、自分の名前を書いたのだ!!!電子式の記入欄だったのですぐに取り消しでき、問題はなかったのだが。安定した職に就いた事がないのでカードを持った事がなく、ペンを渡され、意味もわからず反射的にサインをしてしまったそうである。(ぱぼ事件その5)
空港に着いて荷物のチェックインを済ませ、コーヒーでも飲んで一息つこうと提案した。コーヒーショップに向かう途中、彼はある機械の前で立ち止まる。
「そうだ、君はこれを買っておかなきゃならないんだよ。」
どうも、空港使用料の類のチケット販売機のようだった。が、半年前に来た時はそんなモノは買った覚えがない。空港使用料なら旅行会社からの請求に含まれていたような気もする。筆者が躊躇していると、「この空港を使った事は?前は買わなかったって?きっと規則が変わったのさ」とまくし立て、とにかく必要なんだから、と急き立てる。そこまで言うのなら彼が正しいのだろうか。機械にクレジットカードを通すと、彼は手際良くタッチパネルを操作して、韓国語のみが記載された紙切れを吐き出させた。
ここで筆者は妙に思った。画面に出てきたのは全て韓国語である。券面の文字も韓国語だけである。外国人が入手する必要のある物に、一切英語表記がないのはおかしいのではないか。その旨を申し述べたが、彼は全然疑問にも思っていない様子。が、出国検査場への入口付近で、ふと彼は立ち止まった。そこにあった注意書きに暫く目を向け、読み終わると、さあ、コーヒーを飲みに行こう、と何か不自然な様子で言った。
おい、今のは何だったんだよと問い詰めると「なんでもないよ」とエヘラエヘラした様子。明らかにおかしい!やはりアレは韓国人だけが買う必要のあるものなのか、と詰め寄ると、まさに図星。オイ、自分の失敗を隠蔽しようとした訳か?金額としてはさほど大きいものではないが、無駄に金を捨てられるほど筆者はブルジョアジーではない。払い戻し手続きを取るか、他の韓国人に買い取って貰うか、何とか始末をつけろ、と言い渡した。結局、海外出張の機会がある「ぱぼ」さん自身に買い取らせる事で決着した。(ぱぼ事件その6)
こんな彼の新年の抱負は、禁煙する事、年内に結婚する事、だそうだ。と言ったハナから一服吸っても良いかと言い放ち、ワシの前ではやめてケロ、禁煙すると言ったでねか、と阻止すると、韓国の新年はまだ終わってないから良いのだ(旧正月なので、この年は1月下旬が新年)、それに金もなく、彼女もおらず、酒も飲めない自分の唯一の楽しみはコレだけなのだぁ、一服させろよぉとわめくのだ。彼女も社会的安定性もないのに結婚だけしたがるとは…。なんだか先行き不安な「ぱぼ」さんの将来である。