韓国
第1節 韓国のフツーな人々

三重県民が韓国へ出した手紙の行方

韓国から帰国して早々、カナダで知り合った友人に会った。年末年始に合わせて一時帰国していたので、前から会おう会おうと言っていたのだが、1度出掛けたら長い筆者の気まぐれ旅行の事もあり、年末ギリギリまで延び延びになっていた。2年振りの再会。お互い全く変わっておらんかった…。

類は友を呼ぶというが如く、彼女自身もちょっとした変人だが、彼女との出会い方も少々変わっていた。2年前のクリスマスシーズン、筆者がカナダでクラフトセールなるものに参加していた。ショッピングモールやコミュニティセンターで手作りの作品を売る催しで、1テーブルを20~50ドルくらいで買って参加する。その日の会場だったショッピングモールは人通りが少なく、また、あまりリッチな地域ではなかったので、売れ行きはサッパリだった。向かいのテーブルのオバさん達も、退屈そうだった。

そこへやって来た、未来の友人、三重県民のTさん。彼女は向かいのテーブルのオバさん達の知り合いだったのだが、筆者のテーブルにもやって来て、日本人にはそれほど珍しくもないであろう折り紙作品を見つけると、「や~ん、ステキ!欲しいわァ~」と大はしゃぎ。散々迷った末、結構な数を買い込んでいってくれた。

暫くして、彼女から折り紙を教えて欲しいと連絡があった。図書館で待ち合わせをし、彼女の知人がやっているという1ドルピザ屋へ行く事になる。その知人とは、日本語がペラペラのイラン人。こっち方面の人には珍しく、顔つきはイラン人らしくなく至極淡白で、性格もイラン人らしくなく、柔和で淡白。彼はピザなんか好きでもないのに、取り敢えず簡単に始められるからやっているだけなのだが、それにしてはバジルソースから自分で手作りするなど、手をかけ過ぎている。だけど店内装飾はまるでセンスがない。宣伝にも力を入れていなさそう。しかも1ブロック先に98セントピザ屋ができて、ますます売り上げは落ちる。従って客足は少ない。なのに、残り物の冷凍ピザを知り合ったばかりの筆者にタダでホイホイくれてしまう。このように人が良過ぎるので全然儲からない。その上騙され易いらしく、このピザ屋はこの少し後に悪人に乗っとられる事になる…。

Tさん、類が友を呼んでいませんか?

そうなのだ、Tさん自身もはしっこさとは無縁の超マイペース人間。筆者に5重くらい輪をかけてマイペースな上、所どころ抜けまくっている。

彼女は大学卒業後、私立の学校で4年間英語教師をしていたのだが、辞めた時、失業保険を貰いに行き、「アナタ雇用保険払っていませんよ」と言われたそうだ。

「え~!4年も勤めてて、雇用保険に入っていなかったの?」

「そうなのよ、あの学校、隙だらけなの。」

隙だらけなのはアナタです…。

じゃあ、厚生年金とか、他の社会保険はどうだったのか、と訊くと、なんだかその認識具合も怪しい。

そんな彼女、この頃、唐突にカナダに移民する事を思い付いた。彼女は2年以上ずっとカナダにいるのに、思い付くのも甚だ遅過ぎるような気もする…。大丈夫かなァ…。

さて、カナダ生活の長い彼女、時には色々な人とシェアリングの生活をした。そのうちの1人が、あまり英語の得意でない韓国人女性のイースクさん。とても良い人だったので、連絡を取りたくて手紙を書いたそうだが、返事が来ない。英語で書いたからわかんなかったのかなァ、とか、住所が漢字だったから届かなかったのかなァ、とか、元々不安な要素はあったらしい。が、簡単な文章だったら私が韓国語に翻訳してあげるし、住所もハングルに書き換えられるかもしれないから、もう1度送りなおしてみなよ、と言うと、その場でイースクさん自身が書いた宛名のメモを見せてくれた。それを開いてみた途端、Tさん、

「あ、この番地、書くの忘れた!」

お~い。

本当の番地の代わりに彼女が書いた「別の番地」は、「0101号」。メモをよ~く見ると、この部分だけ何故かハングルで、彼女の名前、即ち「イ・イースク」と書かれていたのだ、「イ」という音をハングルで書くと、ちょうど数字の「01」に似ており、「スク」の部分も「号」に似ていないといえなくもない(まァ、全然違うけど)。で、「0101号」の後にはしっかりアルファベットで「Lee I-Suk」と書いたそうだ。「うわ~、イ・イースクって、2回も書いちゃったんだね!」

と、至って呑気なTさん。

さて、宛名のメモをよく見ると、メールアドレスも書いてある。先程の話ではメールアドレスは訊かなかった事になっていたのだが。

「ねぇ、ここにメルアドもあるよ」と言うと、

「あ~!ほんとや~!」

お~い、気付けよ。

このやり取りの間にも机から物を落としたり、それを拾っている間に椅子に掛けてあったコートが落ちたのにまるで気付かなかったり、椅子に掛けてもまた落としそうだったので、筆者がそれを拾って持っていたのだが、10分くらい経ってからそれに気付き、え~!どうしてそれ持ってるの?と訊いてみたり、なかなかマイペースぶりがもの凄い人物なのである。この時一緒にいた同じく移民希望のYちゃん、

「こんなんでよく学校教師なんかやっていたよね」

それに答えてTさん、

「うん、4年が限界やった」

なんだろう?こののんびり加減は三重県民の性だろうか?他の三重県民の友人によると、三重の人々はのんびりし過ぎていて競争心や向上心が薄く、出世の道には程遠い人が多いそうだ。Tさんを見る限りで言うならば、それは真実だと言っても構わない気はする。

三重県の県庁所在地、津市の存在感は薄く、三重県の希望の星「四日市市」ですら、駅前付近はどんどん寂れている。東海地方で深夜に放送されていた「地名しりとり」という番組では、三重県の地名は3年10ヶ月の間、1度も出てこなかった。三重県の地名さえ出ればゲームは終了だったため、「早く三重って言って~」というのが毎回番組終了時の決まり文句だったのだ。

そんな事はともかく、まずはTさんがイースクさんと連絡を取れる事を願って止まない…。移民申請も滞りなく進み、何よりもカナダで無事に過ごしていてくれますように…。