ヘイリ芸術村で

飛行機に乗ると、まずは航路図を見るために機内誌をひらく。そして読める所はひと通り目を通すのだが、時に穴場な情報に行き当たる事がある。二〇〇四年末の機内誌では、ソウル郊外にあるという「ヘイリ芸術村」の記事を見つけた。芸術家が共同で広い土地を買い、そこに移り住んで自らの住居を建てる。家屋の60%はギャラリーやアトリエなど、文化活動の場として開放する、景観を壊さないようにする、などの取り決めがあるが、それらを守れば自由な発想でデザインした建物を建てる事ができる。従って、個性的な建築物が敷地内に散在しているという。それぞれの建物は個人宅だが、いつも何処かのギャラリーが開放されており、外から来た人も見学できるらしい。

韓国滞在中、夜は比較的予定が詰まっていたが、昼間は暇な時間があったので、一日使って行ってみる事にした。インサドンのツーリストインフォメーションのコンピュータを使って改めてアクセス方法を調べ、筆者の滞在していた場所のすぐ近くからシャトルバスが出ている事を突き止めた。朝八時発。一時間ほど乗っていて、たったの1000W(約100円)。筆者の他に、若い女性二人連れが乗っており、あとは途中からもう一人乗ってきただけ。採算が取れるのだろうか、と心配になる。

バスはソウルの北東に向かって走り、いつの間にか国境近くの川沿いに来ていた。こちら岸には鉄条網が張り巡らされている。川向こうは北朝鮮の「見せるための街」。賑やかな街の中にいて忘れていたけれど、そうだ、ソウルは北朝鮮との国境に程近い所にあったのだ、と改めて思い出した。ヘイリ芸術村は北朝鮮を眺める事のできる展望台「統一展望台(トンイルチョンマンデ)」の近くにあるのだった。

さて、バスは九時にヘイリの「ゲート1」に到着した。ゲート1という看板があるだけで、門も何もない。閑散とした光景、そして滅茶苦茶寒い。取り敢えず、何処か室内に入れる所があるだろう、と歩き始めたのだが…。え~と、朝九時に到着するバスがあるのに、何故、何処もかしこも十一時半からしかオープンしないのだ???

そうなのだ、ソウルの人々は宵っ張り、そして朝が遅い。初め、ここへは韓国人の友人と一緒に来るつもりだったのだが…。

筆者「何時にしよう?」

友人「何時でも良いですよ」

筆者「じゃあ、十時に」

友人「…ぇ。十時は、ちょっと早いです…」

お~い、何時でも良いって言ったじゃん…。

という訳で、筆者一人で行く事と相成った。しかし、実のところ彼女の韓国人式体内時計の方が正しかったのだ…。

色々歩き回って一時間は何とか時間を潰す事ができた。殺風景で美しくもない所だったが、建物の形は個性的だし、ヘンなオブジェもあり、見ている分には面白い。しかし、寒い…。一時間歩き回って、十一時半までは何処も開かないという事がわかり、その上、帰りのバスは十一時半か二時か四時しかないので、とにかく後一時間半も寒気にさらされ続けなければならないという事実も同時に発見した。

そんな折、同じバスに乗っていた女性二人連れが少し先を歩いており、彼女達に車が一台近づいて行くのが見えた。車は彼女らの側で止まり、彼女らは車に乗り込んだ。その車は筆者の方へも向かってきて、止まった。車の上には黄色い点滅灯。パトカーではない。警備会社の車のようだ。中のオジさんは、「ネエちゃん、乗りなよ」と言う。何処へ行くのか、と問うと、「こんな寒い中、女の子達が歩き回っていると聞いたからやって来たんだ、暫く何処も開かないから、コーヒーでも飲まないか」と言っているようだった。なんと有り難い!

連れて行かれたのは、敷地内にあるコンテナで、オジさんの事務所のようだった。もの凄く暖かい訳ではないが、ストーブがあるし、外に比べれば天国だ。オジさん、ポットのスイッチを入れてお湯を沸かし、インスタントコーヒーを入れてくれる。あぁ、世話好き韓国のアジョッシだ…。韓国人のオジさんは、こんな風にとってもフレンドリーな人が多い。勤務時間中、こんな事していて良いのかって気もするが。

コンテナの中にはハスキーの子犬もいた。足を踏み鳴らすと異様に興奮し、その足元に駆け寄ってきては短い足をバタバタさせて無意味にエネルギーを発散させたり、机の上に乗せられると怖がって降りられなかったり、まだほんの子供。しかしお値段は70万W。韓国と日本の間を二往復できるよ…。

言葉が不自由ながら、オジさんや女子大生達と四方山話。ヘイリには有名人の邸宅もあるのだとか。○○○って知ってる?と訊かれるが、韓国の有名人の事はよくわからない。そんな話をしていると、アジョッシ、筆者がこれまでに散々人々から問われ、そしてこの先も受け続ける質問をした(「冬ソナの嵐」参照)。

「ョンさぁまぁ、チョアヘヨ?(ヨン様、好きですか)」

そんなこんなで十一時過ぎまでここにお邪魔し、体を温める事ができた。女子大生達とも仲良くなり、彼女達とは再びソウルで出会う事になる。バスが到着して五分後には、「とんでもない所へ来てしまった」と後悔したが、親切なオジさんのお陰で、それは思いがけない出会いに生まれ変わった。

アジョッシ、チョンマル カムサハムニダ(オジさん、本当に有り難うございました)。