ドイツ
第1節 ドイツでの初仕事

ドイツ人のエーゴ

ドイツ人はわりと英語が上手い。上手いと言うか、ドイツ語と英語の言語構造が似ているので、少し勉強すればある程度意思疎通が図れるレベルになってしまうようだ。

ベルリンの空港に筆者を迎えに来てくれた男性は、済まなさそうにこう言った。

「僕の英語は学校で習っただけのものなんだ」

確かに、話し慣れていない風でたどたどしくはあったのだが、コミュニケーションをとるのに何の問題もありません!日本人だったら、受験英語をこなしただけで会話の訓練をした事もない人が、このように話せるところはちょっと想像できないが、ドイツでは10代後半から40歳半ばくらいまでの年齢層なら、ほぼこの程度の能力があるようだ。とりわけ西ベルリンは、米・英・仏軍が進駐していた歴史がある。戦後、英単語がどんどん入ってきたので、やたらと長くて面倒臭いドイツ語単語の代わりに英単語が使われる事も多いらしい。ラッシュ・アワーやトラフィック・ジャム(渋滞)ってドイツ語でなんて言うの?と訊いたら、ドイツ語の単語もあるけど英語の方が簡単だから殆ど英語で済ましてしまう、という答えだった。

ドイツ語もアルファベットを書き文字とした言語であるため、発音の体系は英語とそう変わらない。日本語話者の場合、子音のみの発音に母音を紛れ込ませ、ネイティブにとっては奇妙に聞こえる日本語英語を発しがちだが、ドイツ語会話では英単語はほぼオリジナルの発音通りに発せられる。だから時々、会話の中に妙にはっきり意味の取れる単語が聞こえて、は!ナンかわかってしまった!と感動する事が多々あった。

しかし、ドイツ語訛りというものも確実に存在する。インゴルシュタットで地元ラジオ局の取材を受けたのだが、その時筆者が話したのは勿論英語。取材の後、は~、英語で話すのはとっても難しいわァ~と溜息混じりにSvenに話すと、なんのなんの、君の英語はとっても綺麗な発音で素晴らしいよ、僕の英語なんか酷いドイツ訛りで、ネイティブの前に出るととっても恥ずかしいんだ、と言う。

え?そうなの?

確かに軽い訛りはあるけれど、筆者より余程スムーズに話すし、ヒアリング能力も高いのに…。

筆者は聴き取った音を再現する能力が高いらしく、音楽の才能はテンでないのに、聴いた音を鍵盤で演奏するテストだけやたら点数が高かったり、外国語の音を咄嗟にコピーするだけなら、オリジナルとほぼ同じ音を出す事ができて感心される事がある。英語を話す時も、イントネーションや発音に気をつけてナチュラルに聴こえるように心掛けているので、それを「英語が上手い」と勘違いされ、早口で喋りだされて泡を食う事も多々。

ところで、インゴルシュタットでは、Svenと同じく2003年のマジック大会で出会った女性と再会した。この時彼女は記者として会場に来ており、筆者はSvenの紹介で彼女のインタビューを受けたのだ。インタビュー時は真面目に受け答えをしていた彼女だったが、インゴルシュタットで再会した時には、多分にひょうきんな一面を露にしてくれて非常に楽しかった。そんな彼女が披露してくれた逸話の1つ。

彼女があまり英語が堪能でなかった頃、イギリス旅行に出掛けた。ファストフード店でマヨネーズが欲しいと思った彼女、英語でマヨネーズを何と言うか知らなかったので、ハテ、どうやってお願いしたものかと思案した。一念発起、ここは思い切って「ドイツ語で」言ってしまうしかあるまい。鼻息も荒く、両袖を捲り上げながら彼女が発したのは…

「Do you have “ma-jo-nä-se”?」

実はドイツ語でも英語でもマヨネーズはマヨネーズなのだった…。ご苦労様でした。

ところで、今ではかなり英語の上手い彼女から帰国後にメールが届いた。メールの末尾にはこんな文章が。

「私の英語は酷くてゴメンね。あなたが理解できるといいんだけど…」

………。

あぁ、ドイツ人って、なんて謙虚なんでしょう!アタシャますますドイツが好きになってしまったよ。