ドイツ
第1節 ドイツでの初仕事

日本マニアのルクセンブルク人

ドイツ滞在中、なんとルクセンブルク人と出会った。

う。確かそんな国が何処かにあった気はするけど、す、すみません、何処にありましたっけ?などと不躾な事を訊くのもはばかられたので、後でこっそり地図を見たら、ドイツとベルギーとフランスに囲まれて位置していた。どの資料を見ても大きさは神奈川県程度と書いてある。大きさの例えに神奈川県が実によく引き合いに出されるのは何故だろう?

遥か離れた日本に住む筆者のみならず、この小国はドイツ人にとっても馴染みの薄いものらしい。さすがに「何処にあるの」とまでは言わなかったが、色々な人から「何語を話すのか」と訊かれ、その答えの中に「ルクセンブルギッシュ」という単語が聞こえた。しかし、人口は恐らく30~40万くらいだろうし、周りをドイツ語圏とフランス語圏に囲まれているのだから、独自の言語なんぞあるものか?と疑った。彼自身、ドイツ語を自由に話しているようだったし、公用語はドイツ語だろうさ、と高を括っていたのだが、後から(こっそり)調べたら、ルクセンブルク語なるものは確かに存在し、この他にフランス語とドイツ語が公用語と定められているのだった。

ルクセンブルク語はドイツ語の一方言とも言えるもので、それをルクセンブルク標準語として採用したという流れらしい。スイス・ジャーマンを「スイス語だ!」と宣言したようなものだろうか。語彙的にはドイツ語とフランス語と英語が混ざったようなところがあるらしい。

ルクセンブルクでは、年齢の低い時期からドイツ語とフランス語の教育がなされ、一部では英語教育もされるため、かなりのマルチリンガル国民のようだ。事実、ドイツ人は「英語でなんて言うのかわかんないけど」と言葉に詰まる事があるのだが(「ほおずき」なんていう言葉を英語で言われたって、そりゃワシだってわからないさ…)、彼にはそういった事は一切なく、訛りのない実に綺麗な英語を澱みなく話していた。ドイツ語会話の中に時たま妙に流暢に「That’s great」とか「It’s cool!!」なんて気障っちく英語が挟まったりもしていた。マルチリンガルの頭の中は一体どうなっているのか、モノリンガルの筆者には到底理解できない…。

さて、このマルチリンガル、筆者に会うなり、日本語で挨拶をした。ここまではよくある話だ。挨拶程度の日本語を暗記しているだけの外人など、ゴマンといるものだ。取り敢えずお愛想に、日本に行った事があるのか、と訊いてみた。ない、と言う。が、彼が熱い目をして語るには、日本にすっごく興味があって、いつか行ってみたい、できれば日本で仕事をして少し住んでみたいと言う。住んでみたい、というのはともかく、ま、ここまでもよくある話だ。そうか~、じゃ、日本人であるアタシに会うのを楽しみにしていたんだな~、きっとアタシが韓国人ナゾに会う機会を楽しみにしているのと似たよな感じなんだろうな~、と思った。

が。

彼の熱意はそんなもんではなかった。

事あるごとに降り注ぐ、質問のアメアラレ。

「How do you say ○○ in Japanese?」

「What does it mean ○○(日本語の一部分)」

名詞程度ならよろしいが、文章から主語を取り去った助詞と助動詞の部分を取り上げて、どういう意味かと訊かれてもねぇ…。

そして、こやつ、日本語の妙な言い回しを山と暗記していた。ある時、「”This is my wife” is 『これは私の家内です』, right?」と、唐突に切り出した。か、家内?君の年齢(20代後半~30代前半)でその言い方はちょっと古かないですか?じゃあなんと言ったら良いのか、とくる。

「ウチのカミさん」…これじゃ刑事コロンボだ…

「ウチのヨメ」…これじゃ知り合いのYさん(老け顔)だ…

イマイチしっくり来る表現がないなァ、と、ついつい真面目に「男友達に改めて妻を紹介される場面」を想像してしまったのだが、ぇと、それ以前に、アンタ嫁さんいるのか?と訊いたら、側にいたドイツ人が、ギャハハ、そりゃ良い質問だ、とバカ受けしていた。嫁もいないのに何ゆえこのような応用の利かなさそうな文章を暗記していたのだろう?

またある時、筆者が手遊びで蛙を作っていたら、「それは『九字の印』だろう?」と言う。イヤ、違うんだけど…て言うか、なんでそんなマニアックな単語を知ってるんだ?忍者漫画によく出てくる「臨兵闘者皆陣列在前」てヤツの事を言っているのだろうとは推察できたが、日本人の筆者ですら、そんな名称がある事を知らなかったぞ。

また、ショーのリハーサルの際、照明合わせをしてくれたの「ドイツ人」スタッフに向かって「どーも」と言いながら両手を合わせて感謝(?)を述べていた事も。オイ、誰に向かって喋ってるのだ?

はてさて、こんな応酬が数日続いた後、またまたいつもの如く質問が飛んできた。

「How do you say “I am tired”?」

なんと間の良い事か悪い事か、筆者は”I am tired”を「ドイツ語で」何と言うか知っていた。で、すかさず「Ich (bin) so müde…….」と答えると、「そりゃあ言語が違うよ」とドイツ人達はウケまくっていたが、be動詞にあたる「bin」を省略して(普通しないけど)、「とても」という意味の「so」を付け加えたこの言い方を「アンタの質問にはうんざりよ」というニュアンスに取ったのか、相手は「ごめん、もう何も訊かないから」としょぼくれてしまった。や、ウケを狙っただけで、別にそういうつもりで言った訳ではないのだけど…。

それからしばらくの間は日本語に関する質問は鳴りをひそめ、終盤頃にdragonとかwebsiteとか、答えるのに困らないカタカナ語の質問がパラパラ来た程度だった。

帰国してからすぐ、彼からなんだかもの凄く丁寧な英文メールが入ってきた。翻訳してしまうとその丁寧さがあまり伝わらないかもしれないが…

「日本語について色々訊き過ぎてしまったみたいでごめん。嫌がらせをするつもりではなかったんだ。初日に言ったように、日本の文化や言語にもの凄く興味があって、いつか本当に日本に行きたいと思っている。わかってくれると良いんだけど。」

う、う~ん、エラい気にしてくれちゃってたようですな。それにしても、日本ってそれほどまでに外人さんを魅了するような国なんだろうか???百年以上前ならともかく、生活様式はほぼ西洋化してしまった上、元々持っていた日本らしい美しさがどんどん失われていっている今でも?一体ルクセンブルクではどんな日本情報が流れているのだろうか???著しく謎である。