ドイツ

第2節 ドイツ語圏でシゴト

サッカー祭りに捲き込まれる

よりによって、世界サッカー祭りの開催時期にドイツに出かけてしまった。何も好き好んでその時期を選んだワケではない。たまたま仕事と重なったと言うだけの話である。しかし「ワシ、サッカーなんか興味ないから関係ないもんね」では済まされないのである。

まず、ドイツ行きの足を押さえるのに一苦労。なかなか安いものが見つからず、この先安いのは出ますかねー?と訊ねると、「何分ワールドカップがありますから、更に値上がりする可能性がありますよぉぉぉ!」と旅行会社に脅され、青息吐息。幸い、別の仕事とハシゴする事になり、祭りの始まる2週間前にオーストリアから入る運びとなったため、この件に関しての余計な出費は抑えられた。次は現地での宿である。仕事の期間中は雇い主がホテルを取ってくれたのだが、その前後に私用で滞在することにしていた。筆者の旅行は行き当たりばったりが基本。現地に赴いて電話か飛び込みで宿を押さえ、その土地が気に入ればずるずる居座り、気に入らなきゃ出て行く。が、サッカー祭りのさなか、そうも言っていられない。取り敢えず日本から予約を入れようとしたのだが。

1ヶ月以上前だというのに!安宿、ほぼ満室!!!

しかもサッカー祭りにかこつけて料金が軒並み普段の3割り増!!!

滞在予定期間の前半はなんとか予約できたものの、後半は適当な所が見つからず、「現地で何とかしよう」と、不安を抱えたまま旅立つ羽目となった。

また、1日だけ所用でシュトゥットガルトへ出かけたのだが、よりによってその日がそこでの試合日。ココの宿を押さえるのも一苦労。ネットで見つけた情報をドイツ人の知人に渡して電話してもらい、日本を発つ前になんとか安めのガストホーフを押さえたが、やはり料金はサイトに表示されているものより高くなっていた!

シュトゥットガルトの駅に着くや、スタジアム行きの交通手段の案内がホーム中に響き渡っており、歩行者天国のメインストリートに出ると、スイスやフランスのハタをまとった人々がキチガイのように歌い叫びながら闊歩している!まっすぐ歩いていくことさえ不可能な状態!!!夜は夜で、所用が終わった12時近く、宿に戻ろうとするも、歌い浮かれるブラジル人のカタマリに路上を占拠されて一歩も進めない!!!銃を携えた警官が交差点付近に並々ならぬ数立ち並んでいて物々しい。車道ではドイツ国旗をはためかせた車が騒々しくクラクションを鳴らしながら暴走している!

シュトゥットガルトに行くのは別にその日でなくてもよかったのだ…きちんと試合の日程を調べてから決めればよかったよ…。翌朝、件の歩行者天国はいつもの平静さを取り戻し、果物や野菜、花の市が立っていた。地獄から天国を見た想い…

ドイツ滞在の最終日はフランクフルトにいたのだが、この日もまた、この街で試合があったらしい。フランクフルトに向かう電車の中では、モヒカンをフランス国旗の色に染め、サイドをサッカーボールの柄に刈り込んでいる奇人を見かけた。そして、街中イタリア色かと思いきや、イランのハタだった。イラン人の大群が一団となって歩行者天国を圧し進む。マイン川のど真ん中には巨大なモニターが据えられ、1日中サッカー中継。川べりも広場も人で溢れかえっていた。

ところで、これらの人々、必ずしも全員が観戦チケットを持っているワケではない。「試合会場の都市にあるモニターで試合を観戦するため」にわざわざ国内外からやってきているようなのだ。フランクフルトを案内してくれたドイツ人の友人は「モニターで見るならウチにいたってできるのに、ワケわかんない」とぼやいていた。まったくもって同感。日本人でもモニター観戦しにわざわざドイツまでやってくる人はいるのかな?フランス大会の時は観戦チケットのオーバーブッキングがあったとかで、全て手配されているつもりで現地に行ったものの結局チケットが手に入らず「仕方なく」モニター観戦を強いられたと言う話があったから、よもや多数派ではあるまいが…。今回は試合だけ見てとんぼ返りすると言う「ゼロ泊2日ツアー」もあったそうだ。

サッカー祭りの実害はコレだけではなかった。

筆者はミュンヘンで1週間、マジックショーに出演していたのだが、ここはまさに、サッカー祭りの開幕戦が行われたところ。6月初旬、着いた当時はまだ静かだった街中が、開幕が近づくにつれてだんだん騒々しくなってきた。普段から観光客でごった返す中心街のマリエン広場には、サッカーボールをデザインした巨大なステージが組まれ、ビアガーデンさながらにテーブルや椅子が並べられていった。街中のカフェやバーの入り口にはことごとく「WM2006!」という張り紙が張られ(ドイツ語ではワールドカップを「Weltmeisterschaft」という)、店内のモニターにはサッカーの試合以外映らない。普段は閑散としている公園内のビアガーデンは人で埋まり、やはり、特設巨大モニターが。街中にはドイツ色のかつらや帽子をかぶった人々が、時折奇声を発して駆け抜けていく…。真夜中でも大通りはクラクションの音が鳴り止まない。

まー、この週は仕事に集中していて日中あまり出歩かなかったので、シュトゥットガルトやフランクフルトと同様の「実害」があったワケではないのだが…なんと、開幕戦の日はあまりに予約が少なくてショーがキャンセルされてしまったのである!タダでさえ少ない実入りが更に減ってしまうじゃないかよぉぉぉぉぉ!!!!!この事を知らされた前日の晩のショーでは、観客の反応が薄気味悪い程少なくて、翌日挽回しようと目論んでいた筆者は更に追い討ちをかけられた形である。収入が減る上に挽回の機会も1回減らされたのだ。「明日は1日フリーだよ!」と言われたものの、ちっとも嬉しくなんかなかったのである。

ところで、1週間のショーのうち、開幕戦の日を含む最後の2日は「WM-Special」と題されていた(開幕日はキャンセルになったので、結局最後の1日のみだったが)。ナニ、主なプログラムの内容は他の日と殆ど変わらないのだが、幕間の司会がサッカーボールを使ってひとネタ披露したり、オープニングにサッカー中継のヘンなコメントの寄せ集めを流したり、エンターテイメントに徹しつつ、かつタイトル通りにショーを進行させていった。ご丁寧にも筆者の出演前には日本語のアナウンスが流されていたよ。ゴール直後の各国アナウンスの比較だったようなのだが、スペインのアナウンサーが「ごぉぉぉぉる!!!!ごるごるごるごるごるごるごるぅぅぅぅぅぅ!」と、気が違ったのかと思われるほどかなり興奮した口調だったのに対し、「はいりました!みぃやもとぉぉぉ!!!!」(宮本という選手がゴールしたんですか?)と、日本のは至極淡白であった。

もう1つの「Special」は、観客席にサッカー・サポーターの扮装をしたウチワの人が入り込んでいたこと。ショーの始まる直前に、ドイツ色のグッズを買い込んできて(この時期、簡単に手に入るわな)、2人のスタッフに身につけさせ(うち、1人はジャージを着ていた)、彼らは観客席からサッカー観戦よろしく声援を送り、ドイツ国旗を振り、ラッパを吹き鳴らす。そして出演者が観客に手伝いを求める度に彼らの1人が「んー!んー!」と、コドモのように諸手を挙げてその座を獲得しようとする。この場は当然シカトされるのだが、最後の演目で彼は「見事に」その座を射止めるのだ。最後のネタはハンカチがタマゴに変わるというよくあるものだったのだが、舞台に呼ばれた彼は「おー!ハンカチがタマゴに変わった!!!スゴイ!」と言い、「ホントにフシギで驚いた」という演技をしながら客席に戻っていく。すると矢庭に司会者が現れて、わざとらしいほど巨大なマイクロフォンを手に、「それでは今の場面をもう1度、スローモーションで見ながら解説しましょう」と喋りだすのだ。そこで出演者と観客役はそれまでの場面をスローモーな動きで再現しつつ、アナウンサー役と解説者役の2人がサッカー中継のように彼らの動きを解説していく。筆者はドイツ語は殆どわからないのだが、それでもまー、彼らの動きや話の造りの可笑しいこと!!!

このマジックは、種明かしをすると見せかけて最後には更にフシギな結果が待っているというよく出来たサッカートリックなのだが、それを見事にワールドカップ風にアレンジしていた。ワールドカップには痛い目見させられた今回の出張旅行だったが、「WM-Special」公演に関しては、馬鹿馬鹿しいまでにエンターテイメントに徹したプロの仕事を見せてもらうことができ、心の底から楽しめた。自分の仕事も前々日よりは上手くいったし。一件落着…?

追記:

上記のイベントを主催していたドイツのクロースアップ・マジックのグループはメンバーの半数以上が世界大会で入賞している精鋭揃い。ヨーロッパのみならず、アメリカや日本のマニアの間でも結構有名だ。マジックの腕前が確かなことは当然ながら、それに如何にエンターテイメント要素を加えて観客に提供しようかを常に念頭においているようで、クロースアップ・マジックにはイマイチ入りこめない筆者も彼らの演技にはいつも釘付けにされてしまう。彼らはつい最近、アメリカでツアーを行ってきたばかりだそうで、その話を聞くや、いつか日本にも呼べないかなーと密かに期待してしまった。誰かスポンサーになってくれないかなー。