みかんの謎

東京で暮らしているカナダ人のR君と会った時、彼がはっさくを持って来ていた。あの硬い皮をナイフも使わずにひいひい言いながら手で丸向きし、「どお?」と言って半分よこしてくれたのだが、「この『オレンジ』ね、ここのところ、苦いからね」と、小房の背についている白い綿の部分を指して彼が言う。勿論、そんな事は言われなくてもわかっているし、どのみち、中の袋も綿も剥いて食べるので苦かろうが何の問題もない。何故わざわざそんな事を言うのかと怪訝に思った。少し後になって、R君のガールフレンド(日本人)がこう言った。「彼も彼の両親もね、はっさくを皮ごと食べて、『苦い』って。」なるほど。オレンジ以外の柑橘類に馴染みが薄い彼らには、そもそも柑橘類の中袋を剥いて食べるという習慣がないのだった。

確かカナダのマーケットには、柑橘類というとオレンジかグレープフルーツくらいしかなかった気がする。中華系の店になら色々な種類の柑橘類があったが、白人の大部分は、外国系マーケットの存在には無関心だから、それらと遭遇する機会は少ない(ヘンな物が色々あって面白いのに、実に勿体無い)。

それに引き換え、日本で生産されている柑橘類の種類の多い事!!温州みかんに始まって、先のはっさく、甘夏、ぽんかん、でこぽん、きんかん、ゆず、かぼす、文旦、伊予柑、すだち、清見…思い付いただけでもこんなにある。なんなんだ、この品種の豊かさは!オレンジ輸入自由化で、柑橘農家は大打撃を受けたかもしれないが、こういう豊かさの中に、たかが外国の激安オレンジの参入ごときではへこたれない日本の農業の底力が見えた気がする。

「たかがオレンジ」くらいしか柑橘類がないカナダでも、我々に馴染み深い、いわゆる「みかん」が現れる事がある。それは何故だかクリスマスなのだった。クリスマスをカナダ人の家で過ごした時に、ほいっと渡されたのは、何故かみかん。「500ml缶ビール六本入りケース」くらいのそう大きくない紙の小箱に、一つ一つ薄紙に包まれたみかんが入っており、ホストマザーはそこから二、三個ずつ取り出してそれぞれに渡していた。彼女曰く、「クリスマスの『オレンジ』よ!」

みかんの箱にはproducts of Koreaの文字が。なんでも、カナダ(北米または欧米か?)ではクリスマスにみかんを食べる習慣があり、この時期にだけ輸入され、店頭に並ぶそうだ。いつ頃からの習慣か知らないが、アジアからの輸入品を食べるのだから、そう古いものではなかろう。日本における、バレンタインのチョコレートだとか、クリスマスのケーキみたいなものだろうか。いずれにしろ、冬、あるいは正月・冬休みの代名詞でもある我らがみかんが、海を越えてクリスマスの風物になっている様子はなんだか奇妙な感じだった。

因みに、英語にも、小ぶりの柑橘類を表す言葉として、mandarin, tangerine, clementineといったものがあるが、これらが普段の会話に現れる事はあまりない。ホストマザーやR君のように「オレンジ」とひと括りに呼ぶのが一般的なようだ。