カナダでクリスマス

二〇〇二年冬、五年振りにカナダでクリスマスを過ごした。前回と同じく、以前のホームステイ先を訪ねて行って、数日滞在させて貰った。

カナダではクリスマスは正式な休日であり、家族・親戚間の一大イベントのようだ。ちょうど日本の正月に当たるものと言って良いだろう。イブは大体の店は開いているが、クリスマスはまさに日本の正月と同じく、ドラッグストアやコーヒーショップを除いて殆どの店が閉まってしまう。

翌日の「ボクシング・デー」にはクリスマス商品の値下げセールが行われるので、デパートやショッピングモールは営業しているが、そういう商戦に関係のないスーパーマーケットは全て閉店していた。クリスマス用の「エッグノッグ」という飲み物を買い忘れたホストマザーは、これを飲みたいと言って駄々をこねる夫のために、左ハンドルに不慣れな筆者を運転手に仕立ててデンジャラスなスーパーマーケット巡りをしたのだが、著しく不毛に終わった。

ホストファミリーは熱心なクリスチャンで、イブの夜には「クリスマス・サービス」を受けに教会へ行く。棒読みのヘタクソな劇仕立てでイエス誕生物語が語られ、これまたヘタクソなアカペラのコーラスや子供達の合唱があり、参加者全員の賛美歌斉唱があり、そして久しく故郷を離れていた人との再会を喜び合う光景があった。如何なる宗教に対しても全く信仰心のない筆者は、ヘタクソな劇を見ながら「処女受胎なんて有り得ない、マリアはきっと宇宙人に種付けされたんだ」などと無粋な事を考え続けていたのだが。

クリスマス当日には親戚が訪問しあう。実家を出て一人暮らしをしている若者も家族の元に帰って行く。また、会えない人には電話をかけて、随分長く話し込んでいた。ここで出てくる話題は「クリスマスプレゼントに何を貰ったか」。この中で自分の贈った物がちゃんと語られると、結構嬉しい。

最初にカナダでクリスマスを過ごした時、クリスマスツリー(森から切り取ってきた本物の樅ノ木)のゴージャスさにもさる事ながら、その根元に積み上げられたプレゼントの山に驚いた。子供から大人まで、それぞれがそれぞれの家族の一員に、友人に、親戚に、プレゼントを贈りあうのだから、それはもう凄い数になる。筆者のいた家の伝統では、イブの夜に一つだけプレゼントを開け、後はクリスマスの朝まで楽しみに待つのだという。そんな訳で、早く開けたくて堪らないこの家の子供に、朝六時半に叩き起こされた。伝統では全員揃って開ける事になっているのだという。いい迷惑である。

ホストファーザーはドイツ出身なのだが、ドイツではイブの日に子供達を外に追い出し、ツリーの飾り付けをしたら中に入れ、その日の晩のうちにプレゼントを開けてしまうのだそうだ。冗談が好きな御仁なので、何処まで本当かわからない。これを聞いたホストマザーが「じゃあ、サンタのプレゼントはどうなるの?」といきり立つと、「サンタなんかホントはいないんだもんね」と、意地悪く切り返されていた。

クリスマスの大分前に、「日本のクリスマスはどんな感じ?」とカナダ人に訊かれた。は!そう言えば、なんだか日本のクリスマスは「デートする日」になっているぞと、改めて気が付いた。そういう話をすると、相手が面白がったので、事あるごとに彼らに話して楽しんでいる。

日本人の物知りの知人に「一体いつからこうなったんだろう?」と問うてみたら、八十年代半ばくらいからという事だった。バレンタイン・デーがヘンな風に解釈されたり、ホワイト・デーという起源の怪しい行事が設けられたりしたのとさして変わらない道筋を辿って「日本のクリスマス」が作り上げられた事は、ホントにもう、実に、想像に難くない。山下達郎の有名なあの歌も、欧米人が歌詞の意味を知ったら、「これの一体何処がクリスマスの歌なのだろう?」と首を捻るに違いない。

筆者の家はクリスチャンでもなんでもないけれど、一応、イブの晩に母親がご馳走を作って、ケーキを食べて(クリスマスケーキも日本だけの風習みたいだが)、クリスマスの朝起きると枕元にプレゼントが置いてあった時期があった。これはこれで、年中行事として楽しかった。クリスマスを祝うと言うよりも、正月の前哨戦、冬休み突入祝いのような感じで、あまり疑問も持たずにいたものだった。

カナダ人曰く、アメリカのクリスマスはもっと商業的な意味合いが強くて、カナダほど盛大に祝わないそうである。親戚家族が一堂に会するのは、むしろ十一月のサンクス・ギビング・デーなのだという。しかし、クリスマスにまつわるアメリカ映画を見ていると、やっぱり国民的な伝統行事になっていて、彼らにとっても特別な意味があるように思えるのだが。

冬は寒い事で有名な筆者の訪問先、Kamloopsの街も、何故か雪が降るのが遅く、ホワイトクリスマスにはならなかった。「伝統的なクリスマス」を楽しみにしているホストマザーは、「クリスマスなのに雪も降らず、子供もいない」と、べそをかいていた。長女はこの夏からアメリカで就職しており、クリスマスに帰って来られない彼女のために末の男の子を彼女の元に送っていたのだ。

クリスマスから遅れて二日、二十七日の朝、外は一面真っ白になっていた。雪だるまも作れないようなサラサラの粉雪である。突然の大雪と、Uターンラッシュの相乗効果で、バンクーバーへ抜けるハイウェイは大渋滞、事故も多発し、また、あまりの大雪のためについには閉鎖されてしまった。この街からバンクーバーへ飛ぶ飛行機も何便かキャンセルになったそうである。幸い、二十八日にフライトを予約した筆者は無事にバンクーバーに帰り着く事ができたが、このあおりを食らったのか、「同じ便に積みきれなかった」という荷物と離れ離れになってしまった。エア・カナダ、ローカル便利用四回のうち、二回目のロスト・バゲージである。ちょっと確率が高過ぎやしないだろうか…。

バンクーバーでもお湿り程度の雪が降った。

バンクーバーの知人達に「クリスマスはどうだった?」と、カナダ人ぽく訊ねてみたら皆、それぞれ楽しく過ごしたようだった。親戚の訪問、電話、プレゼント、七面鳥のディナーなど、内容は大体同じであったが。

そして大人達は普段の生活に戻っていった。大晦日もそれなりに盛り上がるけれど、元旦以外は平日なのだ。ニューイヤーズ・イブのパーティーに駆けつける大人は仕事帰りの人が多い。そして、各家を飾るクリスマスのイルミネーションは新年まで残り、クリスマスの余香を漂わせ続けるのだ。