ゲイの人々と暮らす

さて、たまたま知り合った女性に紹介されて、ゲイのカップルと数週間同居する事になった。ゲイの人々は綺麗好き、と噂には聞いていたが、一緒に暮らしてみてそれを目の当たりにする事になる。まず台所が異様に片付いている。それもそのはず、調理台には何も置いておらず、結構頻繁に使う湯沸しポットやトースターまでいちいち戸棚にしまっている。洗剤が見当たらないので探してみたら、なんと流しの下に!もっとも、食器洗い機を多用するので、手洗いは殆ど必要なく、従って洗剤の使用頻度も少ないのだが。

まァ、物がないと掃除がしやすく、綺麗に保ち易い訳だ。初めに彼らの所へ来た時、彼らの一人がスペイン風炊き込みご飯とやらを作っており、米粒が床へ落ちる度に、「イヤだわ、イヤだわ、散らかってイヤだわ!」と言いながら、いちいち拾って捨てていたのが印象的であった…。

家具調度やインテリアの趣味も結構良い。カナダ人の家は、やたらと色キチガイで調和が取れていない事が多いのだが、彼らの部屋は全体的に緑や茶色のアースカラーで統一されており、キッチン小物やバスルームの小物、シャワーカーテン、タオルや壁紙まで見事に同系色だ。しかも、何処の家にも必ずある「取り敢えず何でも突っ込んじゃいました」というエントロピーが増大し過ぎたような箇所は何処にも見当たらず、何処もかしこも整然としている。冷蔵庫の壁のマグネットでさえも、全てまっすぐに揃えられていた(普通、汚い文字のメモや写真がバラバラの向きでベタベタ張り付いているものだが)。対の小物は常に丁寧に左右対称に配置されており、さすがにこれは「ちょっとベタだなァ」と思ってしまったが。

彼らの所には、クリスマスシーズンに三度目の滞在をしたのだが、部屋の外の扉からいきなりクリスマスである。モールの縁取りと、サンタの人形がこれまた左右対称にディスプレイされていた。キッチンにはクリスマス用の鍋つかみとナプキン、バスルームの鏡にはクリスマス柄のシールが張られ、居間には巨大なクリスマスツリー、そして窓にはモールの縁飾りとイルミネーション、家中至る所にクリスマスっぽい小物がディスプレイされていた。ご丁寧に、間接照明灯の足にまで「Merry Christmas!」という文字の入ったリボンが螺旋に巻いてあるのだ。ここまでとことんクリスマスの飾り付けをする人には初めて会ったのだが、それでいて、全然くどくないのが不思議である。

ところで、ここに住む前に部屋の様子を見に行った時、一応全部の部屋を案内してくれた。「ここが私達の寝室よ!」と、筆者には用のない部屋まで見せてくれたのだが、ここを見た時には、さすがに「およよ!」とのけぞってしまった。居間やキッチンの大人な雰囲気とは打って変わって、ここはローティーンの女の子の部屋か!!!というくらいプリティ~だったのである。カーテンは可愛らしく紐でくくってあり、そしてぬいぐるみが所狭しとディスプレイされ…。そうか、「彼」の心は女の子なんだな、と、のっけから妙に納得できてしまった(多分二人のうち片方だけだと思うが)。

ところで、ゲイのカップルと暮らしていると言うと、いろんな人から様々な反応が返ってきた。面白いので親しい人に会う度に話題にしてその反応を楽しんできた。その中の典型的な三例を紹介する。

一人はちょっと有名な女性マジシャン。彼女はストレートだが、仕事柄、ゲイとの付き合いも多いのだと思う。実際、芸術家にはゲイが多いらしい。ルームメイトがゲイだと言うと、「それは良かったわね。ゲイの人達ってラブリーだし、私は大好きよ。」と、至極肯定的な反応だった。

一人はアメリカ在住の大学の同級生。メールに書いて送ったら、

「危なくないの?大丈夫?」

ぇと…一体何が危ないと言うのだろう?彼女はゲイの定義がわかっていないのではないか…。まァ、接した事がないので全く未知のモノであり、未知のモノならば危険かもしれないという単純な発想だったのだろう。それにしてもアンタ、アメリカ在住者だろ?

もう一人は、カナダに住んで四十年という、日系のご夫人。直接筆者が事実を話した訳ではないのだが、彼女の娘が筆者に電話してきた際、ルームメイトが取り次いだのであろう、その時の様子から、娘が「あの人はゲイのようだった」と、彼女に話したらしい。「て言うか、ゲイなんですけど」と筆者が言うと「ん~まァ、ゲイなら安全だし、問題はないわね」と、ちょっと喉元に何かつまったような言い方をした。

バンクーバーはゲイが多いので、彼女も知識としてどういうものかは知っているのだろう。ただ、多分彼女も筆者の同級生と同様に、実際にゲイの知人がいる訳ではなく、彼らと親しく接した事はないのだろう。だから「ゲイってちょっとヘンな人」という思い込みがあり、知人がゲイと一緒に住んでいるというのはのけぞってしまうような事実なのかもしれない。それまでゲイの知人もいなかったのに(レズビアンはいたけど)何のてらいもなく彼らの所に飛び込んで行った筆者の方がヘンなのだろうか?

しかし、彼らは至って普通の人々だ。敢えて表面的な違いを述べるなら、女役らしき方がおカマっぽい喋り方をし(だから電話でそうだとわかってしまうのだ)、ストレート男性に比べると綺麗好きという事だろうか。

筆者のルームメイト達はお互い思い遣りを持って接しており、微笑ましいくらい仲が良かった。彼らは普通の恋人同士でしかない。彼らが普通の人々である以上、それぞれ個性があって、ゲイでない人と同じように嫌な人もいれば気の良い人もいるのだろう。勿論筆者には彼らの性愛の嗜好は理解できないが、その部分を除けば彼らは至って普通なのだ。

実は、よく考えたらゲイと一緒に暮らすのはこれで三度目だった。前の二回は予めそういう情報を貰っていた訳ではなかったのだが。

一回目は、イギリスで、しかも初めての海外旅行の時だった。友人がボランティアビザで一年間向こうに行っており、彼女の所に十日ほど居候させて貰ったのである。彼女は勤務先の病院のすぐ近くのフラットに他のボランティアの人達と一緒に住んでいた。三人いた彼らは皆トルコ出身で、そのうちの一人がゲイだった。ゲイの人と面と向かって接するのは、これが初めてだった。彼はゲイの精神文化を知って貰う事に積極的で、筆者の友人に「正しいゲイの本」なるものを読むのを薦めてきたという。筆者自身はその頃は殆ど英語ができず、彼とはあまり交流を持たなかったので、ゲイに対しての印象を特にはっきりと感じた訳ではなかったが、友人によれば「普通の男の子より繊細で優しい」という事だった。

二回目は、前回カナダにいた時で、ルームメイトがレズビアンのカップルだったのだ(男性同性愛者の事をゲイと呼ぶ場合が多いけれど男女総称してこう言うらしい)。彼女らは何故か筆者にはゲイである事を隠していたようだったが、初めに家を見に訪ねて行った時からそんな事はわかってしまった。それにしても、初めはまさかね~と、半信半疑だったのだが、どうも当初の勘は当たっていたようだ。だからと言って、自分自身が安穏に暮らせれば、それはどうでも良い事だけど。彼女達とは四ヶ月ほど一緒に暮らしたが、ゲイの男性が繊細で優しいのに対して、レズビアンは神経質でコワイ、という、印象を持ってしまった。彼女らがたまたまそうだっただけかもしれないけれど。

いずれにしても、ゲイだろうとストレートだろうと、他人と一緒に暮らすのは一人で暮らすのとは訳が違うのだ。トラブルを回避するため、敢えて色々なルールを作るし、お互い気を使いあう必要がある。それらが行き過ぎると、かえってトラブルを生む事にもなったりするのだが。短い期間ならば良いけれど、やはり予算さえ許せば自分一人だけで暮らしたい。気を使い続けるのは結構疲れるものなのだ。