住宅問題の顛末

二〇〇二年六月末にカナダに着くと、まずKamloopsに行った。そこからアメリカ・カナダの間を行ったり来たりしていたので今ひとつ落ち着かなかったのだが、八月半ばにようやくバンクーバーに腰を落ち着ける事になった。と、思ったのだが、それから十月の一時帰国までの間ずっと、「住む所」に関して問題を抱え続けていた。幸い「住む所がない」という最悪の状況にはならなかったのだが。

最初に住んだ所は、バンクーバー市内の住宅街。七月半ば、アメリカからKamloopsに帰る途中に知人の所に居候しながら三日ほどかけて探しておいた。一軒家の中の一部屋を借りる形式で、台所などは共同使用だった。ところが、いざここに落ち着いてみると、家主の旦那の方が、かなり神経質な上、人好きのする感じではないのが見えてきた。実は家を見に行った時には奥さんの方にしか会っていなかった。家にはいたらしいのだが、何故か出て来なかったのだ。ここで無理にでも呼んで貰えば良かったかもしれない。

結局一週間でここを出る事になった。バンクーバー市内に住む知人が、九月半ばからベースメントが空くので是非いらっしゃいと言ってくれていたのだが、とてもじゃないが、それまで我慢できる状況ではなかったのだ。九月半ばからはそこに移るとしても、それまで一ヶ月足らず、短い期間借りる部屋を見つけるのは非常に難しい。取り敢えず、七月に居候させて貰った知人の所に移る事にした。

それならばその人の所にずっといれば良いのでは、と言われそうだが、彼の家は街の中心からうんと離れた所にあり、散歩を楽しめるような景観もない。バスの便も悪い上、何処へ行くにも交通費がかかる。

バンクーバーエリアではゾーン制という料金システムを採用している。街の中心部から同心円状に三つのゾーンに区分けされ、各ゾーンの区切りをまたぐと一段階上の料金を払う事になる。実際に交通機関に乗った距離によって払うのではなく、例え一駅でもその間にゾーンの境があれば、2ゾーンの料金を払わなければならない。彼の家は、ちょうど2ゾーンから3ゾーンに入ったばかりの所にあったため、ちょっと出掛けるだけでも最低片道3ドル、ダウンタウンへ行くには4ドルかかってしまうのだ。

このような不便な場所に一ヶ月閉じ込められていたのだが、これも九月半ばまで、と、引越すのを楽しみに待っていた。ところが。その一週間ほど前になって突然、引越し先の都合でそこには行けない事になってしまった。

OH! MY! GOSH!

そんな事なら初めからバンクーバー市内に家を探しておけば良かったじゃないか!滞在期間が長ければ部屋探しはし易いはずで、良い所が見つけられたかもしれないのだ。十月初めに一旦帰国する事にしたので、残りは一ヶ月足らず。状況は八月と同じで、こんな短い期間のための部屋探しをするのはやはり難しい。なんだか凄く嫌な気分だったが、この不便な場所に居続けるしかないか、と、殆ど諦めかけていた。

気分転換に、取り敢えず友人に会う約束でも取り付けよう、と、つい最近知り合った女性の所に電話した。敢えて切り出した訳ではないのだが、話の流れでバンクーバー市内に移れなくなったという話題になった。すると彼女は、ダウンタウンに住んでいる友人で、ちょうど空き部屋がある人がいるというのだ。

「だけどね、彼ら、男性なのよ。」

え、それはちょっと…、と、筆者はちょっとひるんだ。日本でも最近ポピュラーになりつつあるが、全くの他人と一緒に住むシェアリングというシステムでは、恋人同士でもない男女の同居も決して稀ではない。しかし、それに全く抵抗がないと言ったらウソになる。

ところが。

「でね、彼ら、ゲイなのよ。」

なんと!

日本ではまだまだカミングアウトが難しいようだが、バンクーバー市内には「ゲイのたくさんいる通り」として有名な所まであり、彼らのシンボルである虹色のステッカーがそこかしこに見られる。ゲイの存在は日本に比べるとかなり市民権を得ており、ゲイとして心置きない暮らしをするために移住する人さえいるくらいだ。

「え!だったら全然問題ないじゃん!ちょっと連絡とってみて!」と、筆者はすぐさまこう言った。日本に住む皆さんは意外に思われるかもしれないが、女性が男性のゲイをルームメイトに持つ事ほど理想的な環境はないのである。危険がない上、彼らは大方綺麗好きで、人当たりが柔らかい。

実際会ってみると、彼らは非常に良い人達だった。ロケーションも良く、窓から海が見渡せて眺めは最高。家賃の事や一緒に住むに当たっての決まり事を訊いた上、近々彼らの所に移る事にした。

実際に彼らと一緒に住んだのは三週間あまりと短い期間だったが、普通に楽しい暮らしをする事ができた。筆者を彼らの所に導いてくれた偶然の出会いに、感謝。