カナダ
第2節 カナダでのフツーの出来事

異邦人じゃない

2002年11月、1月あまりあけて戻ってきたバンクーバーは、当然何も変わった所はなく、時差ボケのためであろう頭痛を抱えて街の中を歩く自分自身も、まるでそこにいなかった1ヶ月という時間など存在しなかったかのように当たり前にその場に馴染んでいる。日本に帰った時も同じ感覚があったのだが、生まれてからずっと暮らしてきた場所なのだから、こちらは当然と言えば当然の事だ。

海外に出掛けるというと、航空券を手配して、荷物を準備して、せわしなく、何か日常とかけ離れた気分になりながら、今か今かと楽しみに待ち望むものだった。

ところが、この時カナダに戻る前は。

出発の前日になっても荷造りが済んでいない。午後になってようやく重い腰を上げ、嫌々それに取り掛かる。はたまた当日の朝、「銀行に行く」「郵便局に行く」といったごく日常的な行動をしていて、その帰り道にふと、「そう言えば今日カナダに行くんだった」という事が頭の中に思い浮かんできたのだった。まさか本気で忘れていた訳ではないが、飛行機で高々8~10時間、お金さえ払えばあまりに簡単に行き来できる場所であり、つまり、まるで隣町にでも行くような気分なのだ。そしてその実、日本での気ままな1人暮らしに味を占め、カナダに戻るのはいささか億劫でさえあった。

バンクーバーの空港に到着した時、飛行機の窓から空港職員が見え、「あ、外人がいる」と思った瞬間、その違和感がすぐに現実と入れ替わり、頭のモードがカナダに切り替わった。着いた先は既に知らない土地ではなく、空港からは回数券を使い、市バスに乗って街に出る。落ち着き先では、見知った顔がまるでカナダ国内の旅行から帰った人を相手にするかのように迎えてくれた。そして食料の買い出しに出掛け、食事を作り、日本にいた事が幻だったかのように既にこちらの生活に馴染んでしまっている自分が不気味でさえあった。

ほんの1ヶ月あまり前にカナダを離れた時と全く同じ状況にいるという事、あけた時間が短い事もこんな気分を作り出した原因だろうが、なにしろ、ここでは日本人を始め、東洋人の存在が全然珍しくない。旅行者らしからぬ様子をしていれば、地域の住人が何のてらいもなくナチュラルスピードで話し掛けてくる。

ここでは、自分は他所者でありながら他所者ではない。同じような状態でいる異邦人は他にもあまりに多くいるため、そんな事を気にする機会が殆どないのだ。当たり前のように街に溶け込んでしまった理由はそこにもあるのではないかと思った。