ドイツ
第2節 ドイツ語圏でシゴト

オーストリアとドイツ

オーストリアに行ったのは、今回が初めてだった。オーストリアに関しては、ドイツの隣にあるドイツ語圏の小さな国と言う程度の認識しかなく、街中で見るのも話されるのもドイツ語だらけだから、はっきり言ってドイツに来たのとほぼ同じ感覚でいたのだが、筆者は「ドイツへの対抗意識」じみた「オーストリア人の誇り」を何度か感じたのだった。

今回の仕事場であるマジック大会の会場で、隣に座ったオーストリア人に「オーストリアは初めて?」と声をかけられた。「初めてですけど、ドイツには何度も行っているから、そんなに違和感はないですね」と、うっかり言ってしまうと、一瞬彼の顔が曇った。「似てるかもしれないけどオーストリアとドイツはスゴく違うんだよ」

それで筆者はハタと気付いた。ドイツとオーストリアの関係は、アメリカとカナダの関係にそっくりだ!双方とも同じ言語を話し、よく似た文化を持っているけれど、片や発達した産業を持った国であり、片や自然に溢れ、農業・観光に優れた国。大きい方の国は小さい方に対してなんとなく優越感を感じており、時に馬鹿にしたりもする。小さい方は大きい方と一緒にされることを嫌い、自国文化に対して過剰とも言える誇りを持っている。もっとも、ドイツ人にアメリカ人のような勘違いにも等しい尊大さはないけれど、筆者が気付かないだけで似たような感情は存在するのかもしれない。とにかく、今後はオーストリア人魂を尊重して、発言に気をつけなければなるまい。

グラーツでの仕事が終わった後も、筆者は更に3晩滞在したのだが、その初日、大会のスタッフだったRさんが、観光ガイドを買って出てくれた。それも、普通の足では行けないような、しかし筆者が行けたら行ってみたいものだと思いつつも諦めていた、ワイン・シュトラッセへ案内してくれたのだ。

グラーツから少し南へ行くと、スロベニアと国境を接する辺りに広大な葡萄畑が広がっており、ワインの産地として有名な地域がある。途中まで電車が通っているものの、本数も少なく、車でもないと行くのは難しい。思いがけず、ウレシイお誘いであった。地元産の新鮮なハムやチーズとともに蔵出しワインを散々堪能させていただいた。

ところで、まもなく父が古希を迎えるため、お祝いを兼ねて美味しいドイツワインでも買っていこうかと思っていたのだが、その話をすると、Rさん、表情を曇らせて、自分はドイツワインは好きじゃない、と言う。やっぱり地元のワインがいいね、と、地元民にありがちな意見をおっしゃる。オーストリア人魂、ここでも密かに炸裂。勢い、そこで味わったワインを買うことになってしまったのだが…

実は、大会のレセプションで供された地元産の白ワインに舌鼓を打っていた筆者のために、Rさんは白ワインを既に1本プレゼントしてくれていた。よく冷やしてから飲んでね、と言われていたが、残念ながら筆者が滞在していたホテルには冷蔵庫がなかった。ぬるくて不味いワインを飲むくらいなら、冷蔵庫に巡り会えるまで我慢して背負っていった方がマシか?その意見に大いに同意はしかねるものの、折角くださったものだから、やはり美味しく頂きたい。

して、オーストリア人魂に火をつけるような発言をした故に?父へのプレゼント用とミュンヘンでの晩酌用、計2本のワインボトルを背負って延々旅する羽目になったのである…。