グラーツで会ったヘンな日本人 その2

大阪のオバちゃんと別れた翌日、またしてもヘンな日本人に巡り会う。仕事終了後の滞在費は当然自分持ちなので、ユースホステルのドミトリーに移ったのだが(いつものことながらものスゴい落差を感じる…)、彼女、Kさんとはそこで3晩、同室だった。

夕方、部屋に入ると、なんだか怪しい風貌のアジア人が。お互いがお互いのことを「日本人ではないかもしれない」と咄嗟に思ったため、我々は初めの二言三言を英語で会話してしまったのだが、アクセントからすると日本人であることは明白だった。なんだー、外人かと思ったよ、わはは、と笑い合った後、なんだか妙に波長が同期しているのを感じた我々は、大音量で会話を続け、不思議とそれは途切れることがなかった。その日は我々の他にルームメイトはおらず、隣の部屋も空室で、その上我々の部屋は地下にあったから、何も気使いする必要はない。

彼女は5月初旬に日本を出てきて、ドイツを旅行した後、オーストリアに入ったらしい。グラーツと言う地味な街に立ち寄るかどうかと一瞬考えあぐねたらしいが、本人曰く「田舎が好きな」彼女は、きっとグラーツが我を呼ぶ声を感じたに違いない。そして結果的にそれは正解だったようだ。

今後はウィーンやインスブルックなどを回った後、スイスに入り、延々半年はヨーロッパの旅を続ける予定だという。定住好きな筆者には考えられない「長旅」だ。昔は彼女のしているような長期放浪にも憧れたが、最近はフラフラ移動し続けるよりもひとところに留まってその土地でフツーの生活をする「旅」が自分は好きなのだと気付き始めたのである。彼女のようにあてどなく放浪し続けるのは、自分にとって決して実行不能な事ではないけれど、「そういう旅をしようと思う気力」につい感服してしまう。

そんなことはともかく、筆者を笑わせてくれたのは彼女の持ち物だった。なんと、彼女は半年分の消耗品を日本から持ち込み、それを全て背負って歩いていたのである!

シャンプー、洗顔料、化粧品は、携帯用の小さいものをこまごまと数セットずつ。現地で買えば済みそうなものだが、「肌に合わないといけないから」持ってきたのだとか。しかし、必ずしも肌が弱い性質と言うワケでもないらしい。

生理用ナプキンもしっかり半年分持っていた。確かに、日本製のものに比べると欧米のナプキンは品質が悪い。しかし半年分かついで歩くぐらいなら、現地で買って済ませた方が賢明だと思うのだが… 「怪我をした時のため」に湿布も持っていた。

また、写真用フィルムはなんと30本!!ヨーロッパで買うと高いと聞いたから、だそうだが、それにしたって…

と、コレだけ消耗品を抱えているにもかかわらず、歯ブラシは現地調達でオッケーなのだとか。そのあたりの線引き具合がイマイチよくわからないが、彼女には彼女なりのこだわりがあるらしい。

そして消耗品以外にもイロイロと…

洗濯ロープと小物干しを持ってきたのだが、使っているのは専ら小物干しのみ。毎日マメに洗濯しているので、ロープを使うほど洗濯物が出ないようなのだ。洗剤も持っていたが(当然半年分)、手近にある石鹸を使うので、コレが一向に減らない。で、マメに洗濯をしていると言うのに、下着は7セットも携帯(しかも、ブラはかさばるワイヤーブラ。ない胸を大きく見せるためにはコレでなければならないのだとか!)。しかし、当然のことながら殆どのセットは使われずじまい。

その他、スイスの山を歩く時のために山用帽子やサングラスやヤッケを持っていた。一緒にグラーツ市内を歩いた時にそれを身につけていたが、かなり怪しい風体だったぞ!また、ユースホステルはシーツ代を徴収するところもあるため、節約のために寝袋も持ってきたとか!しかし、未だ一度も使われず。ていうか、窓口ではシーツをどうするかいちいち訊かれないため、シーツ代を余分に徴収されていることに気付いていなかったらしい…。因みに、日本のウチにはスリーシーズン用、夏用、冬用と、3種類の寝袋があるのだとか。彼女は普段の生活からして用意周到にモノを溢れさせているようだ。

また、やはり節約のために自炊をしようと、日本食をいくらか携帯。そのラインナップは…

味噌汁、お茶、はともかく…そうめん、うどん、…極めつけは高野豆腐!!!!!(彼女は高野豆腐が大好物なのだとか)

節約のためと言うより…嗜好品ですか???現地の食材を購入して調理しても済みそうなものだと思うが…。調理した食材を食べたり保存したりするために、当然!フォーク、スプーン、箸も携帯!タッパー、ジップロックまで完備!結局、ヨーロッパのユースはキッチンがある所が殆どなく、これらの食材はその時点で一度も口にしていなかったらしい。

「ドイツで会った日本人の女の子に、アンタの荷物は殆ど無駄だから捨てろって言われたんだ」と言う彼女。筆者もその女の子に激しく同意…。筆者がヨーロッパを旅行する時は、仕事のついでであることが殆どであり、タダでさえ仕事の荷物が幅をとるため、その他の荷物を如何に少なくするかということに知恵を絞るのだ。が、彼女にとってはたくさんの荷物を背負って歩くことがさほど苦にならないらしい。それよりも、普段通りに暮らせることの方が重要なのだ。人々の価値観はイロイロなのである。

と、コレだけ無駄なもの(あくまで筆者にとって、だが)を持ち歩いている彼女も、一応、荷物を減らそうと努力した点がひとつだけあった。旅する者の心強い味方「地球の歩き方」を、必要なページだけ切り取り、紐で綴じていたのだ。しかし、当然のことながら製本された状態よりヤワなため、すぐに各ページがべろべろとめくれ上がり、見てくれも携帯性も著しく悪くなってしまった。「コレはねー、失敗しちゃったねー」と、言いながらも、やはりさほど苦にしている様子はない。なんというか、とてつもなくおおらかなお人柄である。

そのおおらかさがなせる業なのか、彼女は持ち物以外にもかなりのぶっ飛び具合を発揮していた。まず、何故か持ち物がことごとく壊れていく。日本で買ったばかりのカメラのシャッターが下りなくなってしまい、結局グラーツで別のカメラを購入することに。この際デジカメにしたら?と薦めてみたが、上手くパソコンに取り込めるかどうかわからないから、と、結局フィルムカメラにしたようである。また、出発前に友人から送られたGショック、太陽電池仕様で長持ちするはずなのに、いくら光を当てても液晶表示が現れなくなってしまったとか。大事な荷物を入れていいるバックパックのバックルも崩壊寸前。旅はまだ半年も続く(予定)なのだぞ。大丈夫か?大丈夫か?

こんなこともあった。

我々はたまたま同じ日に、郊外にあるエッゲンベルク城へ行くことを計画していた。その前にそれぞれに用事があったため、別々にユースを出たのだが、筆者が中央駅で所用を済ませて路面電車の乗り場に向かっていると、駅前の乗り場の1つに彼女がたたずんでいる。そしてこう言うのだ。

「さっきからずっと待っているけど、全然お城へ行く電車が来ないんだ」

で、その停留所の時刻表を見てみると…えー、その番線の電車は夕方まで来ないし、しかも進行方向が逆向きです。こりゃ、1日中待ったって来やしない。しかし、恐ろしいことに、彼女はこうのたまうのだ。

「アナタが来なかったら、アタシ、一日中ここで待ってたかもー」

こんな呑気な彼女であるが、実は無類の怖がりでもある。幽霊・お化けの類、「治安の悪い」通りや夜道は怖くてたまらないらしい。最後の晩に二人で夜景を見に出かけたのだが、その帰り、路上で酔っ払いに明るく声をかけられただけで、もー、筆者にしがみついて離れない。メインストリートからユースへ向かうちょっと淋しい通りを歩く時も、夜景を見てはしゃいでいた時とは打って変わり、体を硬くして、一心不乱に全速前進。筆者が「大丈夫だって~~~」となだめすかしても聞く耳持たず。

とまぁ、筆者とはあらゆる点において方向性が異なる人ではあったが、何故か我々は気が合った。ユースの部屋にいる時や一緒に歩く間は話が絶えなかったし、同じ景色を見て同じように感動し、ヘンテコなモノやヘンテコな現象を見つけては、同じように突っ込みを入れまくった。はっきり言って、今回の1ヶ月の出張旅行の中で、彼女と過ごした時間が一番楽しかったかもしれない。この後、イロイロと辛いことがあった時も、この時のことを思い出したり、彼女は今頃どうしているだろう、と考えると、不思議と気が紛れたものだった。

さて、6月半ば過ぎ、筆者は帰国した。あ~~~~!ヤッパリウチが一番!とありきたりの感想に浸りながら、旅の荷解きをしていると、たまりにたまった郵便物の中に、濡れて波打ったようなグリーティングカードの封筒を発見した。外国の切手、LUFTPOSTの文字。Kさんからだった。

開けてみると、なんと、バースデーカードではないか!!!!!確かに彼女との会話の中で帰国日の翌日が誕生日、という話はした気もするが、筆者自身はそれを話したことすら忘れていたのだ。カードが何故激しく波打っていたのかはナゾだが、カードに添えられたメモには、またまた笑える話が。しかも、筆者がミュンヘンで経験したのとほぼ同じ内容の「悲劇」で、これまたシンパシーを誘うのである(後述予定)。

嗚呼、面白くも情の深い人だなぁ、と筆者はしばし感動し…ココでこのお題は綺麗に終わると思いきや、さすがKさん、そうはさせてくれなかった。

それから2-3日後、彼女から電話がかかってきた。

「オーストリアで会ったKですが、覚えていますか?」

覚えているも何も、アンタ、バースデーカードを送ってくれたばかりじゃないですか!この電話は一体どこから?まさかスイスから?あるいは…まさか…

「今、日本なんだわねー」

!!!

半年の予定が、ナゼ?

あろうことか、彼女、スイスでダニに刺されて腫れが全身に広がり、「コレはヤバイ」と思って緊急帰国したそうだ(旅行保険、入ってなかったの???)。しかも、刺された場所と言うのが、普段は泊まらないような高級ホテル。安宿が取れずに仕方なくそこに泊まった故の悲劇だったのだそうだ… チューリッヒ空港から帰国することを決めたものの、片道切符だけで来た彼女はスイス航空の直行便の値段に面食らい、やむなくアリタリア航空を選択。ミラノ経由で帰途に着くも、トランジットの際、手荷物に入れていたナイフが検査に引っかかり、その処遇を巡って方々をタライ回しにされる(実にイタリアらしい事件だ)。しかも、それまで死守し通してきた未使用フィルム30本も、X線検査機に「2度も」通されてしまう。カブっていたらイタリア人を一生恨むそうだ(感度400程度なら大丈夫なはずだが)。

そして1ヶ月あまりの旅行の間に生理は来ず、結局半年分のナプキンは1枚たりとも使われず。この先どうするの?と聞くと、とりあえず、虫刺されが治るのを待って、それから旅を続けるかどうか考えるのだとか。至って呑気なKさんなのであった。

因みに、今でも彼女とはお付き合いがあって、お家にお邪魔したこともある。