ドイツ
第2節 ドイツ語圏でシゴト

出演者紹介

さて、ミュンヘンのホテルには幸い冷蔵庫があったので、Rさんから頂いたワインはめでたくここで消費することと相成った。それはともかく。

ミュンヘンの劇場での出番を待つ間に、筆者を紹介するに当たって何を話したらいいだろう、と、司会担当者から持ちかけられる。この質問をされると、いつも答えに窮してしまう。好んで受賞歴ナゾを延々披露する人もいるが、はっきり言って、そんなことはお客にはどうでもいいことなので、コレは避けたい。そもそも、演技を見て、それそのものの真価を感じていただきたいと考えているので、そういった余計な情報は純粋な鑑賞への妨げとなる。どんな内容の演技をしますよ、と前もってバラすのも言語道断。が、外国では筆者の出身地等について捻りを加えて披露するという手段は残っている。今回は、オーストリアを経由してココまでやってきたことを話したらどうだろうか、と提案してみた。すると、お!それはいいね、と彼も食いついてきた。やはりアメリカとカナダの関係と同様、ドイツ人もオーストリアの絡んだギャグ?を好むらしい。とりわけ、距離が近いだけあって、バイエルン(ミュンヘンはバイエルン州の首都)の人々とオーストリアの人々の間には、目立った対抗意識が存在するのだとか!

話題を膨らませるためか、引き続き彼は訊いてきた。

「キミの住んでいる街の名前は?」

「名古屋」

彼は、聞いたことねーな、という顔をする。仕方あるまい。日本マニアでもないドイツ人が、トーキョーとオーザカ(ドイツ人はこう発音する)以外の都市を知っていたら、その方が驚嘆に値する。で、いちおー、日本で3、4番目くらいに大きい街で、日本のど真ん中にあるとは説明したものの、イマイチよく理解してくれなかったようだ。筆者より前に出演する若い男の子が、ミュンヘン郊外の「ブバタイ」とかいう妙な名前の街の出身だから、ナゴヤは日本のブバタイってことにしよう、こういうジョークはウケるんだ、とさっさと決められてしまった。ナゴヤは…昨年はEXPOも開かれて、日本人だったらまず知らない人はいない有名な街なんですけど…

彼は更に質問を続ける。

「ところで、日本からのフライトは何時間くらいかかったの?」

良い質問である。

「実は、私は香港経由で来たの。香港からフランクフルトへ行って、そこからウィーンへ…」

「え、ちょっと待った。グラーツに直接行ったんじゃないの?」

「えと…そういう便もないことはないんだけど、こっちの方が安いものだから…」

そうなのだ。ウィーンやフランクフルト経由でグラーツに飛び、帰りはドイツから帰るというオープン・ジョーのチケットもあるにはあった。ただ、いくら回り道で、大変な思いをしたとしても、1~2万ならともかく、計数万円の差は大きいと考え、実に回りくどい経路を辿ることを決心したのである。

そもそもの原因は、ニイさん、キミがケチなギャラしか払ってくれないからなのだよ!(泣)…と言うことは勿論口にしなかったものの、いつかファーストクラス(!)のダイレクト・フライトでやって来て見返してやるぞ、という想いを胸に抱きつつ、その「回りくどい経路」の詳細を彼に披露して見せた。

まずは香港経由でフランクフルトへ。帰りは友人に会いがてら、フランクフルトから帰るので、単純往復用のチケットだ。それからオーストリア航空の片道切符でウィーンへ(グラーツへの片道切符は何故か異様に高くて手が出なかった。往復用のチケットはその3分の1以下の価格だったが、帰りの便を勝手にキャンセルすることが出来るのかどうかは不明)。ここから電車で南下すること4時間、グラーツに到着。グラーツでひと仕事した後、またまた電車を乗り継いで、ミュンヘンへ。実に時間的・距離的ロスの多すぎる行程である。

この話を聞くや、「それは良いネタだね!」と、彼も大喜び。早速司会の台詞に取り入れられた。して、筆者は自分の出番を待つ直前の数分間、幕の後ろで、オーストリアをネタにしたギャグと、ナゴヤを日本の得体の知れない街として紹介されるのと、自分の旅の経路を延々と聞かされ続ける羽目となったのであった…。

ところで、筆者の本名は「ケイコ」というのだが、ドイツ人はこれをしばしば「カイコ」と発音する。以前も何処かに書いた気がするが、ドイツ語では「ei」の綴りを「アイ」と発音するためだ。結構親しい人からも未だに「カイコ」呼ばわりだ。今更訂正するのもめんどくさいし、彼らにとっては「カイコ」だろうが「ケイコ」だろうがあまり違いがないようなので、そのまま捨て置いてある。

因みに、スイスに住んでいる日本人の知人「タエコ」さんは、スイス人の義姉からは「タイコ」呼ばわりだ。「ae」と連続する母音のパターンはドイツ語にはないので、発音し辛いのだろうか。

で、ドイツに行ったら「カイコ」呼ばわりは避けられない、と腹をくくっていたのに、どういうわけか、この司会担当者は初対面からきっちり正確に発音してくれた。その上、出演間際に更に念入りにこう確認してきた。

「正確な発音はどうなの?ケーコ?ケイコ?」

その点に関してはどっちでもいいですってば…