カナダ
第5節 こーゆートコロが困るんだ

ナナイモ・バー後日談~北米人の肥満と味音痴の相関関係に関する考察

さて、一時帰国後、カナダに戻ると、クリスマスにはナナイモ・バー好きのホストマザーを訪ねて行った。そして、ナナイモ・バー・ミックスを買って日本で友人に食べさせた話をした。「彼らは皆、甘過ぎるって言ってたよ」と真実を伝えると、も~、そんなアサハカな人間がこの世に存在するのかとでも言いたげに、なにやら勝ち誇ったような顔で、「彼らは本当に良い物知らないのよ」と言ってのけた。もしもし~、その台詞はそのままアナタに返してあげたい、と心の底から思ったものの、何を言っても彼女の「味覚」を覆す事など不可能だとわかっていたので、取り敢えずは黙殺した。

なんと言うか、とにかく、彼らは本当に味覚が違うのだ。ここの一家の会話を聞いていても、それを証明する鍵はたくさんあった。例えば次女がこう言った。

「セミスイート・チョコレートって最悪!ココアみたいに不味いわ!」

セミスイート・チョコレートとは、糖分ちょっと控えめの製菓用チョコレートだが、筆者にとってはこれだって適度に甘く、おやつとして食べるには全然問題ない。しかし、彼らには甘さが著しく足りないようなのだ。また、「ココアみたいで不味い」というのは、ココア好きの筆者には聞き捨てならない。一体ココアの何処がいけないのだ?筆者は日本では、オランダ・バンホーテン社のココア(英語ではcocoaと書いて、「コォコ」と発音する)を常備している。しかし。カナダのスーパーをいくら探し回っても、この有名ブランド商品は見つからなかった。何故かと思ったら、彼らはココア様のドリンクとして、普段、既に砂糖やミルクが調合済みの「チョコレート」と呼ばれる粉末を使うからだった。ホストマザー曰く、例え砂糖を混ぜても「コォコ」は苦くて「too strong」なのだそうだ(材料は一緒だろうに…。きっとチョコレートには信じられないくらい多量の砂糖が混ぜられているに違いない)。彼らがこう言う以上は何処かに「コォコ」も存在するのだろうが、需要が少ないのでわざわざオランダから輸入したりせず、適当な安物が売られているのかもしれない。

また、別の話だが、ホストマザーの妹がクリスマスに訪ねて来て、デザートにはパンプキンパイを食べたいと言った。その話をしながら、彼女はいささか不快な顔をした。彼女曰く、「パンプキンパイは不味い」。とりわけカボチャ嫌いならともかく、パンプキンパイを取り上げてわざわざ不味いという人には初めて出会った。パンプキンパイが滅茶苦茶美味いとは思わないが、不味いというほどのイヤな特徴は筆者には発見する事ができない。まるでパンプキンパイが冤罪にでもされているような妙な気分になってしまった。彼女曰く、またしても甘さが足りないのだとか。例え砂糖を入れても足りないのだと言う。前章の「砂糖パイ」の存在理由がこれで大いに納得できるというものだ。そして、彼女は実に愛情のこもらないパンプキンパイを妹のために作ってみたものの、愛情がこもらないだけあって、焼き加減がかなりアバウトで、見事な失敗作となった。彼女がパンプキンパイを嫌いなのは、自分の作った不味い作品しか食べた事がないからかもしれない。

筆者は北米人の味覚音痴の原因は「舌の構造が違うから」と思っていた。が、とある知人曰く、ジャンクフードが彼らの舌を駄目にしているのかも、という事だった。両方とも正しいのかもしれない。また、北米人にやたらと肥満体が多いのは、常に激甘食物を欲する舌のせいもあるかもしれない、とふと思った。

そもそも、彼らには不健康な食生活を送っているという自覚そのものがないのかもしれない。ある日、ホストマザーが電話で話しているのを聞くともなく聞いていた。パンプキンパイを所望した妹は、大のジャンクフード好き。クリスマスプレゼントの全てが段ボール箱いっぱいのキャンディーやらジェリービーンズで、彼女は心の底から嬉しそうにそれを受け取っていた。これらは1週間で彼女の腹の中に納まるそうである。その上妹は、タバコは吸う、酒は飲む。なのに妹は健康で、「きちんとした食生活」を送っている私はどうしてこうも体の調子が悪いのか。事実、彼女は会う度に「この前何の手術をした」「今度手術をする」などという話をしており、年々体が壊れていっているように見える。つい最近会った時は、足にキャストをはめて、松葉杖をついていた。そのため、肩に負担がかかり、肩まで痛くなってきたという。なんだか骨粗鬆症予備軍のように見えなくもない。

ところで、「きちんとした食生活を送っている」って、誰の話でしょうか???彼女は時々もの凄く不思議な疑問を発する。疑問を差し挟むのがそもそも疑問であるような疑問だ。

「私はいつも少ししか食べないのに、どうして太るのかしら?」

そりゃあ、食事の前に激甘ジャンクフードに手を出し続け(だからいわゆる「食事」は少ししか食べられない)、運動をせず、野菜を食べず、デザートは別腹で、しかも夜食にディップをたっぷり付けたポテトチップやチーズのかかったポップコーンをパクつくからだよ。火を見るより明らかな因果関係が存在するではないか。しかし、彼女は筆者に向かって、何度同じ事を訊いてきただろう。その度に真面目に右記原因を並べ立てて説明したものの、聞いちゃいないのである。まるでそんな質問はした事がなかったかのように同じ質問を繰り返す上、ちっとも痩せる傾向がないのがそれを実によく証明している。真面目に答えているのがアホらしくなってきた今日この頃である。