カナダの激甘デザート

北米人の味音痴は有名であるが、ことデザートに関しても、全くもってセンスがない。普段の食事は質素(と言うか栄養のバランスが滅茶苦茶悪い)な彼らだが、週末などに家族で揃ってする「豪華」(でも美味しくない)なディナーには必ずデザートが付く。そして、フィリングがマジくそ甘いパイの上に、更に、大味なアイスクリームや生クリームをたっぷり乗せるのだ。

ある時、筆者がホストファミリーのためにディナーを作って、例に漏れずデザートまで準備したのだが、日本人ならそのままでも食べるであろうプレーンのレアチーズケーキを出したところ、「ソースはないの?」ときた。チーズケーキにはソースをかけるのがカナダの常識なようだ。「素材の味をそのまま生かす」という発想はそもそも存在しないらしい。それで、他の人が冷凍ラズベリーで激甘ソースを作っている間に皆食卓を離れ、筆者作のチーズケーキは殆ど人々の口に入らなかったという侘しい結果となってしまった。

また、別のディナーの時、その家の娘が作った「レモンパイ」なるものを皿に取り分けられ、一口食べると…。「え?この粉末は、ひょっとして砂糖?」なんと、パイの上面にはブラウンシュガーが厚さ一センチにわたってたっぷりと敷き詰められていたのである。おいおい、甘けりゃ何でもいいのか!?いくらなんでもこれを美味しいという人はいないだろう、これは失敗作に違いないと思ったのも束の間、筆者以外のファミリーは「Oh!! Very nice!!!」と、とろけそうな顔で「砂糖パイ」をがつがつ喰らい、「美味しいよね?」と、こちらにまで同意を求めてくる始末。なんだかもの凄く酷い出来のキッズ・マジックショーを見せられた後に「素晴らしかったね!」と、本気の表情で言われたのとまさに同じ状況だったと今になって気付いた。彼らは本気で「美味しい」「素晴らしい」と思っているのだ。価値観や味蕾の数の違う外国人が全く逆の事を思っていようなどとは夢にも思っていないのだ。事実、「カナダのデザートは甘過ぎるよ」と、いくら筆者が言っても、怪訝な顔をされるのが落ちなのだった。

pooh味の話ではないが、もう一つある。別の娘が、ケーキデコレーションの教室に通っているとかで、その労作を見せてくれたのだが、出てきたのは熊のプーさん形にアイシングを搾り出しただけのチープなケーキだった。まァ、作るのに時間はかかるだろうが、大して美味そうでもないし、アーティスティックでもない。て言うか、習いに行って作るほどの物か?「くまのプーさん手作りケーキセット」でもあれば誰でも作れそうである。しかし本人は至極得意げな様子。仕方なく「凄いね」と言っておいたが、なんだか心に染まない事をしているようで居たたまれなかった。

筆者のいたカナダのBC州で非常にポピュラーな「ナナイモ・バー」というお菓子がある。ワーキング・ホリデー時代に居候をしていたお宅のお爺さんがよく作ってくれたのだが、他のデザートに負けず劣らず、甘くてくどい。彼の娘(ホストマザー)によれば「父の作るナナイモ・バーが一番美味しいのよ!」という事だが、どうせカナダ人の事だ、何処で誰が作ろうと同じレシピだろうし、混ぜ方にこだわりのある繊細な料理でもない。実の所、筆者にとっては市販だろうが手作りだろうが大して変わりはなかった。しかし、本気で「父のが一番」と信じている彼女の誇りに水を差す訳にはいかない。彼女がそう言う度に当たり障りなく「そうね~」と言う事にしている。

ところが、甘くてくどいこのナナイモ・バーは、実は中毒症状を引き起こす。決して美味くはないのだが、冷蔵庫の中にあるとついつい手が出てしまうのだ。彼の所に居候していた日本人は筆者の他にもたくさんいるのだが、彼らは皆、同じ事を言う。断じて日本人好みの味ではないのだが、病み付きになってしまうのだ。そんな様子を知っているホストマザーは、筆者が心の底からナナイモ・バー好きだと思い込んでいて「あなたが日本に帰る時にはナナイモ・バーのレシピと材料を持たせてあげるわ」と親切に言ってくれたのだが、「お~い、よしてくれ~」というのが本音であった。幸い、彼女は筆者の常識では考えられないほど忘れっぽいので、帰国時にはその事をすっかり忘れていてくれたようであったが。

nanaimobarところで、二度目にカナダを訪れた時、「ヘンなお土産」を求めてスーパーマーケットをウロウロしていると、「ナナイモ・バー・ミックス」を見つけた。ナナイモ・バーを作るのに必要な材料が殆ど一箱に納められており、計量する必要がない。わざわざ自分で作ってまで食べたいとは思っていなかったが、冗談がわかる友人にはもってこいのお土産だ。そんな訳でいくつか買って行く事にした。一箱760gと結構重いので、帰りの荷物はエラい重量になってしまったが。

初めにこのお土産を渡したのは、本人曰く「清貧の」シングルマザー。さすが自分で「清貧」と言うだけあって、「非常食として威力を発揮しそう」なので食べずに取って置くとのたまった。そりゃあ、カロリーはバリバリあるし、材料を混ぜて押し固めるだけのバカみたいに幼稚な調理法だけれど、一応「溶かしバター」を作らなければならないので、災害時や仕事を首になって路頭に迷い、ガス代も電気代も払えずにいる時にはどうかと思うのだが。

二箱目は同年代の友人に。料理好きな人なので、渡すと即興味を示し、「今から一緒に作ろう!」と息巻いた。筆者も実際に作った事はなかったので、こりゃあ面白いかも、と、渡されたエプロンを被って参加した。

中身は三つの袋に分かれていて、それぞれ「ベース」「フィリング」「トッピング」の内容である。簡単に言うと、これらの粉末材料に溶かしバターを混ぜ合わせ、順番に型に詰めていくだけなのだ。凄いのは、使う溶かしバターの総量が200cc、その上どの層もそれぞれ非常に甘い事である。くど過ぎて甘過ぎるのもこれで頷ける。日本人が作る洋菓子なら、「箸休め」的に何処かに「甘くないもの」を挟んだりするものだが、カナダ人にはそういった発想は全くないようだ。とにかく、冷蔵庫で冷やし固めて完成である。

その後、飲み会まがいの夕食を済ますと、「あ、デザートがあったね」と、友人が言った。ナナイモ・バーのしつこさを知っている筆者には、アレを日本の食卓に於いてデザートと呼ぶにはどうかと思われたが、とにかく試食タイムとなった。友人は食べて一言、「甘い…」。それ以外に言いようがないのだ。加えて次のような感想を述べてくれた。

「ベースは塩味が効いてるね」

「う~ん、こめかみの辺りがズキズキしてきた…」

「疲れている時には効きそうね」

とにかく、しつこさもあって一人で食べ切れる量ではないので、後日、仕事関係の知人の所にも持っていって試食させたそうだが、その人達も「う~ん、効くぅ~!!」と、こめかみを押さえたそうである。

そんな訳で、とてもじゃないがグルメな家庭のお土産にする訳にはいかず、他人に渡したのは右の清貧母子と冗談のわかる友人のみである。我が家には二箱残ったので、そのうち一つをウチで作り、大学の後輩をおびき出して試食させた。あまり腹が減っておらず、夕飯もそこそこしか食べなかった彼女は二センチ四方(厚さは四センチほど。見本の二倍の厚さ)でギブアップとなった。しかしその後に出したコシヒカリプリンはしっかり食べていたが。

ところで、このナナイモ・バーの名前だが、カナダ西海岸沖にあるバンクーバー・アイランドの「ナナイモ」という街に由来する。バンジージャンプで有名な小さなだ。街の名前はネイティブ・カナディアン(いわゆるインディアン)の言語から来たものと思われる。この街に住む主婦がお菓子コンテストに出品したのが、このくどくて甘い菓子。なんとこれが最優秀賞を獲得したそうである。ホストマザーにこの話をしたら、「まァ!そうだったの。でもナナイモ・バーが一等を取ったのは頷けるわね」と言っていた。まァ、カナダ人の嗜好からすれば頷けない事もないが、日本やヨーロッパ諸国のお菓子コンテストに出品したとしても、箸にも棒にもかからないだろう。味にも見てくれにも作り方にもまるで繊細さがないのだから。