贅沢の功罪 誉め殺し食事編

なんだか、カナダ滞在中、誉められる事が異様に多かった。筆者自身は日本にいる時と何ら変わった事はしていないのだが、田舎街に住む少々保守的なカナダ人には、日本人にとってフツーの事が、良くも悪くも変わった事に見えるらしい。

例えばこうである。冷蔵庫にある有り合せの材料を使ってレシピを見ずに料理をすると、「彼女ったら凄いの!何もないところから(あるって)夕飯作っちゃうの!」と、ホストマザーが電話で友人に話していたり、雑然とした台所を料理の片手間にさっさと片付けていると、「あなたはなんてよく働くの!」(普通だって)と言われたり。ピクニックに行った時、食事用のナプキンがなかったので、代わりにティッシュペーパーを持っていこうとして用意していると、「今までティッシュペーパーそんな風に使う事を思い付きもしなかったわ!」(聞き間違いかと思ったけど本当だったみたい)。また、あちらでハンバーガーと呼ばれている物はファストフード店のハンバーガーだけではなく、いわゆる日本のハンバーグに似た肉の塊も指すのだが、まさに肉のみの塊で、玉葱や繋ぎのパン・卵は入っていない。種をよくこね回しもしないから、硬くて非常に不味い。で、日本式ハンバーグを作ったところ、「もの凄くおいしいわ!何を入れたの?レシピを教えて!」となる。分量はいつも目分量だからどうやって説明したものか。大して難しい料理でもないのだが、分量表指示付きのレシピ通りにしか調理をしない彼女には作るのは無理な気がする。

以前、イギリスに住んでいる友人を訪ねた時、彼女の家で自炊していたのだが、その様子を見て彼女が言うには「イギリス人はあなたみたいに上手に食材を使い切る事ができない」。そんなバカな、残り物で何を作るかを考えれば別に難しくもなかろう、と、その時は一笑に付したのだが、その現実をこのカナダでしっかり見る事になった。要はレシピ通りの調理しかしないので、残り物を利用しようという考え方が存在しないようなのだ。

ホストマザーの得意料理の一つに「タコ・サラダ」というものがあって、五年前にこのお宅にステイしていた時にもよく食卓に上った。メキシカン・タコスをカナダ風にアレンジしたもので、辛くもなく、恐らく材料もメキシコのものとは程遠いと思われる。まァ、不味くはないのだが、驚いたのは、五年前と全く同じ内容なのに、作る時に「レシピはどこだったかしら」と、料理本を探していた事である。何年も作っているものを、何を今更レシピを見る必要があるんだろう?て言うか、材料をボウルに放り込んで混ぜ合わせただけのいわゆる「サラダ」なので、正確に分量を計る必要もなさそうに見えるのだが。また、別にレシピ通りの材料を使わなくても、何か自分の好物の野菜を加えるとか、買い置きがない物は省くなどしても良さそうなものなのに…。しかし、使っている材料は五年前と寸分変わらず同じであった。

ある時、彼女がこのタコ・サラダを作り過ぎ、皆いい加減食べるのに飽きていた事があった。挽き肉を大量に使っているので、炒め物に混ぜたら美味かろうと思って残り野菜と共に炒めて夕食に出したら「YOU ARE AMAZING!!」となってしまった。

筆者の友人がステイしていた別の家庭での話だが、夕飯はいつもフライなどの脂っこいものの上、野菜が殆ど出なかったそうだ。堪りかねて「アタシは野菜が食べたい!」と言ったら、以降気をつけてくれるようになったそうだが。アングロサクソンは肉食主流の人種とはいえ、このように、バランスの悪過ぎる食事を摂っている家庭は多いらしい。

「体重を減らしたいわ」とぼやいているわりには食生活に全然気を使っていない人も多い。成長期を過ぎたティーンエイジャーなど、見るも無残な脂肪の塊で、非常にみっともなく太った子供の多い事。有り得ない事だけど、ひょっとしたら、過食と肥満の関係に気付いてないのでは、と思える事も…。

かと言って栄養に関心がない訳ではなく、「りんごの皮には栄養があるから食べなきゃ」(こっちのりんごは小さくて、しかも皮が硬く不味い)とか、「この食品は栄養がありそう」とは言っている。わざわざ不味いりんごの皮など食べなくとも、食生活を改善する事でもっと容易にマシな養分を得られそうなものだが。

また、筆者のホストマザーはコカコーラに栄養があると信じて(!)一日に何本も缶を開ける。また、もう食べられないと言って夕食は残すのに、甘過ぎるデザートは別腹扱いなのだ。これじゃ太っても仕方がなかろう。ていうか、これって筆者の常識ではお子様の行動だよ!?ホントにホント、過食と肥満の関係に気付いてないのでは…とマジに思えてしまう。なんだか大人でさえも栄養に関する知識が不足、どころか全くない人が多いのだ。恐らく義務教育では栄養学なんて学ばないのだろう。ある時ナゾ、カナダ人に「人参にはカロチンが多いのよ!」と自慢げに説明された事があったのだが、アタシャそんな事小学生の時に学校で習いましたってば。学校教育のカリキュラムの変更により、北米人の肥満はある程度改善されるかもしれない。

また別の話であるが、ある日朝食を食べていると、ホストマザーがその食事をまじまじと見ながら「面白い朝食だわ」と言う。何を食べていたかというと、コーンフレークの牛乳がけ、前日の夕食の残りのサラダである。一体、これのどこが面白い(変わった)朝食なんだ???

また、以前、夕食にパンケーキを作るというので、じゃあアタシはサラダを作るね、と言ったら、「パンケーキと一緒にサラダは食べないものだわ」と言う!何故?食い合わせが悪い訳でもあるまい。科学的に何が悪いという訳でもあるまい。恐らく彼女の「食生活感覚」からちょっと外れているだけの話だろうが、保守的な彼女にはそこから少しでも外れる事はあってはならない大事件なのだ。栄養学も科学も食い合わせも関係ない。

郷に入っては郷に従えと言うが如く、筆者自身は国内外を問わず、多少自分の生活感覚と状況が違っても、わざわざそれを口に出したりしないし、そういう考え方・生活習慣もあるんだとある程度受け入れて、適応して生きていく術を持っている。しかし彼女の場合、北米文化の外には出た事がなく、自分以外の生活習慣に思いを馳せる機会がまるでないため、そういった知恵を持っていないのだろう。なにせ、日本という国は市街地ばかりで自然など何処にもないと思い込んでいたくらいなのだから…。

※ この話は筆者のお世話になっている家庭でのみの事例であり、全ての北米人家庭に当てはまるものではない。同じカナダでも都会の人ほどクリエイティブでフレキシブルであるような気はする。ま~そんな事言っちゃ、日本も同じ状況かもしれないけれど。

ホストマザーの事は好きだが、あまりに保守的な感覚に、時たまフラストレーションが爆発しそうになる。筆者が口に出さないため、彼女が筆者の事をヘンと思っている以上に、筆者が彼女の事をヘンと思っている事など、思いも及んでいない事だろう。あくまで彼女にとっては彼女が一番ノーマルなのだ。もちろん筆者にとっても筆者自身がノーマルの基準なのだが。