カナダ
第3節 アメリカ人とカナダ人

節約・リサイクルと消費行動・廃棄行動

世界一の消費大国は言わずと知れた、アメリカ合衆国。その隣のカナダだって負けてはいない。カナダ人曰く「アメリカ人ほどじゃない」。しかし、これもどんぐりの背比べ、五十歩百歩である。

アメリカに住んでいた事のある知人が言っていたのだが、久し振りに日本に戻ってきた時、テレビの「節約」番組で数々のみみっちい節約のアイデアを見て、「アメリカ人はこんな事にはまるで無関心だった」と、改めて思い当たったそうだ。カナダ人だって、実に似たようなものだ。食べ残しの食品は平気で捨てる、冬は大きな家全体を暖める暖房装置が1日中つけっぱなし、クリスマスには無意味なプレゼントが人々の間をがんがん行き交い、それらはあまり使われる事もなく、物置を埋め尽くす事になる。第一、国土が広大で、資源も豊富なら「捨てる場所」も無限に近いのだ。消費行動に無駄が多い上に、リサイクル意識が低い人は多い。

勿論、エコ活動に熱心な人はいない事もない。日本ほど細かい分類はしないが、カナダにも一応、リサイクル用コンテナがあちこちに置いてあり、プラスチック容器や金属容器、ダンボールの回収はしている。しかし、強制ではない。面倒臭いと思う人は、燃えるゴミも燃えないゴミも1つにして出してしまう。

「日本の子って、なんだかビンや缶はゴミ箱に捨てずに、外に別に出しておくのよね」。カナダに住んで数年の、日本人の女性がそう言った。彼女の家には何人か日本人がホームステイしているのだ。彼女は最近日本各地で制定された非常に細かいゴミの分別規則に対して、「皆一斉に従って、日本的で不気味よね」と言っていた。一斉だなんてとんでもない、開始直後にはなかなかルールが守られず、かなりの混乱があったというではないか。また、日本には捨てる場所がないのだ。「不気味よね」と、自分本位の感想を述べていられる状況ではない。良く言えば「おおらか」、悪く言えば「いい加減」なカナダ人気質が染み付いてしまったのであろう彼女には、もはや日本の状況を冷静に分析する能力はないのかもしれない。

筆者がカナダ滞在中、最後にお世話になった家のオバさんの口癖は「うちにはお金がない!だから質素な生活をしている!」。まァ、確かに「彼女より裕福な」カナダ人よりはそうだったかもしれない。しかし、少なくとも、彼女は無駄を省く努力はあまりしていないようだった。誰も見ていないのに常にテレビはつけっぱなし、誰もいない部屋の電気が常につけっぱなし。これらを改善するだけでも結構節約できると思うのだが。お金がないというのは、最大限、節約行動をした上で言って欲しいものだ。貧乏性なのかこういうのが気になって仕方がない筆者は、この家に滞在中、毎日あちこちのスイッチを消して回っていた。ひょっとしたら、筆者の滞在中の方がこの家の光熱費が安くなっていたかもしれない。もっとも一番額が大きく出る暖房費はケチっているらしく、この家はいつも寒々していた。筆者が帰国直前に風邪をひいたのはそのせいかもしれない。

ところで、その帰国直前に行ったラスベガスで、友達の友達の家で1晩お世話になった。彼らは有名なショウ・ビジネスに関わっている若いカップルだった。

砂漠のど真ん中にあるこの不思議な町は、土地だけはたくさんあるためか、大きな家が多い。彼らの家に着いて驚いた。天井がとても高い平屋建てで、外観も内装も白が基調の瀟洒な作り、床は大理石、北米の家にありがちな、間仕切りの少ない広々としたメインフロア、しかも、1つ1つのセクションが滅茶苦茶でかい。目玉の飛び出たファニーフェイスの小さな黒い飼い犬が、家中を我が物顔に駆け回っていた。日本では相当な金持ちでなければ持てないような家だ。家主の口ぶりからすると「自分は相当な金持ちではない」という事だったが、裕福な階級である事は間違いない。

しかし。彼らの行動を見ていて意外だったのは、実にこまめに部屋の電気を消して回る事だ。筆者にとってこれは当たり前の事であるが、浪費大国と言われるアメリカの、しかも結構裕福そうな彼らがそうする事がひどく新鮮に映った。自称「アメリカ人よりマシ」なカナダ人のいい加減な浪費ぶりを目の当たりにし過ぎていたせいもあるだろうが。逆に言えば、こういう潔癖さが彼らの裕福たるゆえんなのかもしれない。