恐怖の国境越え、三たび

カナダからアメリカに行くとしても、何分アメリカは広いので、飛行機で国境を超える場合が最も多いと思うのだが、カナダ滞在期間中、四度目にして初めてこの方法を使う事になった。

勿論、五年前の滞在中にもカナダからアメリカに行った事は何度かある。いずれも飛行機を使い、すんなり入国審査所を通ったと思う。しかし、この時は、ワーキングホリデー・ビザもワーク・ビザもないのに短い期間にやたらとカナダ・アメリカに来ているので、怪しさは増す。しかも九月十一日の事件の後、USイミグレーションの感じの悪さも更に増している。空飛ぶ凶器となりうる空路での国境越えは、陸路によるそれよりも余程厳しかった。あまり混んでいなかったせいかもしれないが、入国審査では散々長く引き止められた。

審査官は筆者のパスポートをやけに丁寧に繰っていき、二〇〇二年中にカナダ入国のスタンプが二つあるのを認めると、「お前は何故こんなに頻繁にカナダにやって来るのだ?」と来た。そしてこんな具合に質問が続く。「仕事はしているのか?」「どんな仕事だ?」「仕事を休んで収入がないのに何故こんなに長く旅行していられるのだ?」「カナダにはいつ戻るのだ?帰り便のチケットを見せろ」「日本にはいつ帰るんだ?帰国便のチケットを見せろ」「これはオープンチケットじゃないか、これではいつ帰るのかわからん」

あの~、「アメリカなんか」に長期不法滞在する気は全然ないので、早く開放してください…。日本に帰るつもりのない人が、わざわざ高いオープンチケットを買うはずないでしょうに。帰る日が不定だからって、何だって言うんだ。

実際、既に帰国便の予約はしていたのだが、その事が記載された書類は手に入れていなかった。なので、怪しいと思うんならここに電話しろよ、と、航空会社の電話番号を指し示してやったのだが。

聞いた話では、長く引き止められると、心にやましい事のある人はイライラして尻尾を出すらしく、これは審査官の心理戦の一つであるらしい。しかし、こんなにねちっこくくだらん質問を続けられたら、やましい事がなくてもイラついてしょうがない。

こちらの新聞記事で読んだのだが、アメリカ政府は近々、この感じの悪い入国審査を更に感じ悪くする法案を通そうとしているらしい。入国する全ての外国人の瞳孔と指紋をスキャンして、出入国の管理をするという。これまで気軽に行き来していたカナダ人には面倒な事この上ないだろう。これに対してカナダ政府は、カナダ人だけは審査を甘くして頂戴、とお願いしているそうだが、「カナダ・アメリカ両国のセキュリティ強化のため」と、頑として譲らない構えのようである。それどころか「カナダ以外の国で生まれたカナダ人」の出入国の際の個人の記録は永久に保存するというのだ。

この記事を読んだ南米出身のカナダ人が、「こんなえげつない事をするアメリカには出掛ける必要はない」と、かなり立腹していた。彼曰く、「アメリカは、もはや、かつて言われていたような『自由の国』ではない」。

さて、えげつない入国審査も無事終わり、出発便の待合室にやってきた。時間はたっぷりあったので、訪問先へのお土産を作ろうと、手荷物の中の折り紙の入った袋を開いた。その時、筆者は信じられない物を発見して「ぎょっ」とした。ぬわんと、カッターナイフが入っているではないか!!!その気になればハイジャックできてしまうわい!筆者のような善良な市民を捕まえて、延々と下らん質問をするよりも、まずこういうものを見つけようよ、USイミグレーション!

しかし、昔々、サンフランシスコのアルカトラズ刑務所内で起こった殺人事件(※)では、なんと食事用のスプーンが凶器になったそうだから、いざとなれば何だって武器になってしまうのだろうけれど。もっとも、スプーンを振りかざしてハイジャックしようとしても舐められるのが落ちか。

アメリカが世界各地でえげつない事を続けている限り、いくら審査や荷物検査を厳しく(えげつなく)しても九月十一日のような事件は避けられないのかもしれない。なんだか、「北風と太陽」の話を思い出してしまった。

※ 邦題「告発」、原題「Murder in the first(第一級謀殺罪)」で、映画化されている。