韓国語とドイツ語

二〇〇四年春から韓国語とドイツ語の学習を始めた。と言っても、言語マニアな筆者は、それ以前にそれぞれ少しずつ齧っては投げ、齧っては投げ、と実に中途半端な事をしていたので、文字の読み方や簡単な文法知識は既にあった訳で、「本腰を入れなおした」というのが正しい表現か。まァ、いずれの言語もほぼ同じスタートラインから始めたのだった。しかし、それから半年ほど経つと、その進度の開きはそこはかとなく大きくなってしまったのだ!

ドイツ語はテレビ講座を週に一回見て、その予習復習をするだけ。韓国語は週に一回講座に通うだけ。気が向いたらメールを書いたり教材に目を通したりするものの、学習時間はそう変わらない。

が。

テレビ・ドイツ語講座、初心者向けのはずなのに、毎回欠かさず見ているのに、スキットの内容は、日本語の補助なしには訳がわからなくなっている。ドイツ語字幕が付いても単語を発音するだけで一苦労。作文などもってのほか。

一方。テレビ韓国語講座、途中から見始めたのに、しかも気が付いた時しか見ていないのに、スキットの内容は日本語の補助がなくても韓国語字幕を追えば何を言っているか大体わかってしまう。

この差が生まれた所以は、やはり韓国語と日本語との類似性にあるだろうか。

ヨーロッパ言語は、とにかく、ことごとく日本語と異なる。ドイツ語と日本語の類似点と言えば「ach, so」が意味も発音も日本語の「あ、そう」に極めて近い事、薔薇が「Rose」でバラバラが「lose」という事くらいだろうか(←類似点?)。とりわけ筆者は、ドイツ語の言語構造や語形変化の不規則性に眩暈を感じている。

まず我々アジア人にとって不可解なのが、男性名詞と女性名詞、はたまた中性名詞がある事だ。一体どのようにしてこのような非合理的なものが出来上がったのか。ヨーロッパの言語の中でも、スペイン語などのラテン系の言語は規則的な変化が多くて覚え易いが、ドイツ語の場合は規則性がないものが殆どで、名詞の性は一ずつ覚えるしかない。しかも複数形の作り方も変則的だ。

その上それぞれの性の定冠詞・不定冠詞があり、更にこの冠詞にまで四つの格変化がある。英語の所有格に似た二格は、冠詞だけでなく名詞の語尾も変わる事があり、おまけに、その程度の微小さなら変化するのをやめて頂戴、と愚痴りたくなるような弱変化というパターンすらあるのだ!!! 一万歩くらい譲って、変化パターンが多くても良い、不規則変化があっても良いとしよう。が、男性定冠詞一格と女性定冠詞三格の形が同じ、とかいう気まぐれはやめてくれっっ!!!

動詞は動詞で人称によって六通りの語尾変化があるのだが、「場合によって一緒の変化形の事も」という腹立たしい微妙さはなおの事、人称によって動詞が変化するのに、主語を省略しちゃイカンのだ!!!(ラテン系言語は省略化)

その上「動詞は最初から二番目に置かなければならない(※1)」と杓子定規で、格支配があるくせに語順にはやけに厳しい(ロシア語は格の種類が多いので、それで意味内容が確定されるため、語順は結構適当で良い。ずぼらな私にぴったり、と、教養部時代の指導教官だったロシア語教師はほくそえんでいた)。更に「動詞の接頭語が文の末尾に移動、慣れないと辞書も引けやしない」即ち分離動詞とかいう実に不可解な動詞が存在したり、なんと言うかもう、我々からすれば「無駄」と切り捨ててしまいたくなるような構文上の妙な規則が多いのだ。

島国でも陸の孤島でもないのに、何故このような複雑さを保ったまま現在まで至ってしまったのか…(※2)。こういう言語だからこうなのだ、つべこべ言わずにその通り覚えてしまえ、となんだか非合理的・文系的な言語のような気がする。筆者は規律正しいドイツ人とは気が合いそうなのだが、どうもドイツ語とは相性が悪そうだ。

それに引き換え、韓国語は。

まず、日本語と同様、助詞によって格を表すため、体言の格変化は存在しない。勿論わずらわしい名詞の性などある訳もない!冠詞などもってのほか!!!(だから我々は冠詞使いが苦手)動詞の変化形は人称や時制、数によって支配されるのではなく、後に付く動詞や補助動詞などの語によって決まる。日本語と同じだ!ヨーロッパ人にとってはこのあたりの理解からして労力を要しそうだが、日本語話者は取り立てて説明されなくても容易に受け入れられる。

動詞の変則活用や音便変化は勿論あるが、その不規則性にも合理性があるので、覚えるのにそれほど苦労はしない。また、日本語にもある「~してみる」の「みる」という補助動詞など、使い方が殆ど同じものがあって何かと便利だ。

発音は難しいと言われるが、ハングル(※3)を学べば発音の特徴をつかむ事ができ、文字を意識する事である程度正確に発音できるようになる。「記号のようでワケがわからん」と多くの人から食わず嫌いにされているこの文字は、人類がある程度頭が良くなってから考案された(十五世紀半ばに作られた世界一新しい文字)ためか、造りが大変合理的だ。真剣に取り組めばすぐにマスターできる。なにしろ、「バカでも三日で学べる文字を」というお触れの元、創出されたらしいから。

とまァ、韓国語には色々な面で合理性があり、理屈っぽい人(それはワシだ)には学び易い言語である。

また、韓国語の語彙は漢字起源のものが非常に多く、その上、明治以降に日本で作られた漢字熟語をそのまま韓国語読みしている場合が多い。日本語とは違う使い方をする漢字語もあるが、それでも中国語よりも「共通語彙」が多く、従って、初めて見る単語でも「既に知っている」場合がある。漢字の韓国式の読み方さえ覚えれば、語彙が一挙に増える事になる。また、韓国語読みは中国語の音が元になっているため、日本語の音読みとよく似ている。少し勘を働かせれば、ネイティブが話している内容が大体わかってしまう事すらあるのだ。

ある時、韓国人の友人がお茶を奢ってくれて、そのお茶は夏には「ネンジャンゴ」に入れておくと美味いんだよ、と説明してくれた。彼はその時「ネンジャンゴ」の英単語をど忘れてしまったらしいのだ。が、話の流れと「ネン」=ネンミョン(冷麺)のネンという知識から、これは「冷蔵庫」と言いたいのだろうと推測できる。

一時期、韓国では漢字不使用政策が取られたため、現在の韓国社会では漢字はあまり見られないのだが、もし韓国の街中にもっと漢字が溢れていれば、日本人にとってはより自由度の高い環境となるはずだ。

語彙に関して更に有り難いのは、日本語と同じく、彼らは無節操に外来語を取り入れる事だ。韓国語訛りのパターンを覚えれば英語を韓国風に発音する努力だけで新しい単語を獲得できる訳だ(※4)。まァ、「きむじゅくろっ」のようになかなか高度なパターンも存在するが。

面白いのは、日本でも使われている「アルバイト」、語源はドイツ語の「働く」という動詞なのだが、韓国では日本語と同じようにいわゆる「アルバイト」を指す言葉として使われており、更に日本と同様、英語と勘違いしている人も多い。発音は「あるばいとぅ」となる。

ドイツ語の場合、外来語はドイツ語化する傾向が高いようで、稀に英単語などが混ざる事もあるが、無闇に外来語を氾濫させたりはしない。ドイツ語の合成語は二語以上を合わせて一単語にするので、従って、外来語の意味に合わせてドイツ語単語を繋げまくり、やたらと長く、外国人学習者にはフレンドリーではない、読むだけで一苦労する単語が出来上がるのだ。

ところで、筆者は韓国語をだらだらと無計画・無目的に勉強してきたので、ロクな運用能力もなかったのだが、突然家族を連れて韓国旅行に行く事になった、その直前の二週間、付け焼刃詰め込み学習をした。普通、こんな短期間の舐めきった学習では、とてもじゃないがロクな作文能力は身に付かないと思うのだが、驚いた事に、こんな舐めきった短期間の学習でも、ロクでもない作文能力は身に付いたのである。とにかく、用言変化のパターンと単語さえ覚えれば、特に文法学習などしなくても、パズルのように語を組み合わせるだけでなんとなく文章が出来上がってしまうのだ。

勿論、韓国語独特の言い回しもあるので、韓国語を日本語に直訳した文章は大変奇妙なものとなる。日韓同時翻訳掲示板の韓国人の書き込みは、なんだか頭の悪い日本人が書いたような感じだ。また、韓国語を自動翻訳すると、読むのにストレスの溜まる日本語文章の出来上がりだ。が、いくらストレスが溜まっても、なんとなく意味の通る文章になるのがスゴイ。英語だったらちょっと複雑な文章を自動翻訳すると頭が悪いどころか全く訳のわからない文章(とは言えない代物)となるのだよ!

これほど似ていて学習し易い韓国語だが、不思議な事に、漢字語でない朝鮮固有語は日本語と似ても似つかない。例えば、雨は「ぴ」であり、飴は「よっ」、とてもじゃないが、同じ起源の言語とは思えない。また、箸は「ちょっからっ」、橋は「たり」なので、一休さんのギャグは通じない。実際のところ、日本語と韓国語は言語学的にはそれほど近くないという学説もあるらしい。

実を言うと、筆者はこの文章を書き上げた直後、韓国ではなくドイツへ行く事になっていた。そんな立場の者が韓国語礼賛ばかりして、その上ドイツ語の不合理性を挙げ連ねていてどうするのだ!?

幸い、ドイツ人にとっての英語は我々にとっての韓国語と同じようで、彼らの多くはわりと英語が堪能だ。郵便局のオバちゃんだって、「英語わかる?」と訊くと「ちょっとだけね」と答えるわりには筆者なんぞより随分ペラペラな英会話を披露する。日本じゃこんな事殆ど有り得ないでしょ?

そんなこんなで、旅行するだけならドイツ語はできなくても大丈夫なのだが、やっぱりホラ、空港のアナウンスを理解してみたり、人の話を盗み聞きしたり、看板を読んで情報をゲットした気になったり、してみたいじゃないか…。しかし、今の筆者のドイツ語能力では、悲しいかな、ソーセージ一つ買えやしない…。テレビ・ドイツ語講座の卒業試験は間違いなく不合格だろうなァ…。(※5)

※1:複数のドイツ人と英語のメールをやり取りしていて気付いたのだが、なんだか、彼らの英語、「特徴的に語順が変」なのだ。動詞が文の二番目に来ている…のか?

※2:外界の影響がないと言語構造が複雑なまま保たれ易い。例えばアイスランド語など。ドイツ語なんぞ目じゃないほど、面倒臭く色々変化する。外部との接触が多かった英語は名詞の性や格変化などの複雑さが削ぎ落とされ、文法が単純化した。古英語は現代英語に比べるとかなり複雑でドイツ語にも近いものだったらしい(と、アイスランド語を教えてくれた古英語研究者の先生が言っていた)。それにしても古い言葉の方が複雑、というのはなんだか不思議な気がする。言語の曙は至極単純なものだったろうに。言語の成り立ちというものを猿の時代から早回しフィルムで見てみたいものだ。

※3:ハングルというのは「偉大な文字」という、なんだか鷹揚な意味の言葉であり、韓国語・朝鮮語そのものを指すのではない。ラジオ講座などでは「韓国語とすべきか、朝鮮語とすべきか」と悩んだ末、どちらとも取れない事もない「ハングル講座」という奇妙なタイトルに決めたらしい。厳密に言うと、これは朝鮮民族の文字を学ぶ講座、という事になってしまう。巷で「ハングルで話す」「ハングル語では」「ハングルニュース」などという言い回しを耳にするが、翻訳すると「『偉大な文字』で話す」「『偉大な文字』語では」「『偉大な文字』ニュース」となり、実に論理的に破綻した面白おかしい表現なのである。わはは。この偉大な文字も出始めの頃は「女子供の使うもの」と、軽く見られていたようである。日本の仮名文字みたいな感じだったのかも。

※4:メールアドレス=メイルジュソ(住所)、デパート=ペックワジョム(百貨店)など、漢字語が使われる事も。

※5:テレビ・ドイツ語講座では、半年間、とあるお笑い芸人コンビに初歩のドイツ語を学ばせ、卒業試験として(日本にある)手作りドイツ・ソーセージ店で(日本語のわかる)ドイツ人店員を相手に(一応ドイツ語を使って)買い物をさせていた。しかし、彼らの会話力は筆者よりは随分まともだったぞ。