カナダで韓国語

筆者の韓国語との関わりは、カナダの語学学校で韓国人に出会った事に始まる。

当時の生徒の構成は、半分は日本人、半分は韓国人だった。時たま思い出したようにメキシコ人、台湾人などが入学して来なくもなかったが、事実上、筆者が行っていたのは「日韓英語学校in Canada」である。入校案内パンフレットには、なんだかわざとらしく西洋人学生の写真が使われていたりするのだが。

そんな事はともかく。

それまで筆者は韓国には殆ど興味がなかった。大学の語学関係の講義で韓国人留学生に接した事はあったものの、彼らの話す言語を聞いて「韓国語だ」と認識する事もなかったし、音声学の授業で彼らが韓国南部と北部のイントネーションの違いについて述べていても、「自分には判別できない音の話」ぐらいにしか思わず、あまり興味を惹かれなかった。彼らと友達関係になる事もなかった。

が、カナダに於いては、我々は共に英語を学ぶクラスメイトだった。言語的立場はほぼ同等。そして、毎日顔を合わせ、時には一緒に飲みに行ったりもした。

驚いた事に、日本人の無関心ぶりとは裏腹に、彼らは日本の事を実によく知っていた。会話ができるほどのレベルではないものの、高校の選択授業で日本語を専攻した人も多く、大分忘れてしまったけれど平仮名は読める、という人もいた(そして皆一様に「カタカナは難しい」と申し立てる)。当時、韓国では日本語の歌のCD販売や日本映画の上映は禁止されていたにもかかわらず、こういう類の文化に詳しい人もいたのだ。日本語を専攻する学生の中には、日本のゲームをやりたくて日本語を始めた人もいるという。そういう人は総じて上達が早いらしい。

彼らとは単語レベルで日本語・韓国語のエクスチェンジをする事もあった。「English Only」を掲げる学校内では、そういう文化交流すらも禁じられていたから、勿論、教師に隠れてこっそりしたのだが。

異境の地で、風貌がそっくりで、漢字で筆談ができる人々に会い、日本語によく似た響きの言語を耳にし、日本語によく似た発音の単語を発見する。そんな過程を経て、なんだか韓国語をしっかり学んでみたいと思い始めた筆者は、日本から韓国語のテキストを送って貰う事にした。この頃は、まだ日本での韓国ブームがブレイクする前で、大学での第二外国語選択科目にようやく韓国語が現れ始めたばかりだった。そんな折だというのに、たまたま親しい後輩が第二外国語として韓国語を選択していた。これまでに度々登場してきた後輩Nである。

彼女は厳選の末、CD付のテキストを送ってくれ、報奨としてカナダ産メープルシロップを筆者の父のBMWバイク便によって受け取る事となる。「お父上がナナハン(ホントは800CC)でいらっしゃった」と、ぶったまげた様子で手紙に書いてよこしていた。

初めの頃は面白がって文字の読み書きを一気に覚え込んだが(言語マニアの初期症状)、結局文法事項まではあまり及ばずに終わってしまった。何分、カナダで知り合った韓国人とは英語で会話ができてしまうから、韓国語を上達させる必要も機会もなかった訳だ。

が、ハングルを(あくまで機械的にだが)読み書きできる日本人、というのもまだまだ珍しい存在だ。相手の名前を訊いて紙に書き取ると、結構喜ばれる。正確な発音をする一助にもなり、この一芸はなかなか重宝している。