金持ちタイ人とマツザカビーフ

筆者のタイ人の知人であるPさん、実はスゴい金持ちである。鉄鋼会社を12も経営し、車を4台も持ち(タイでは乗用車は大変高価)、運転手までいる。ウチには毎日メイドが掃除にやってきて、週末は家族揃って高級料理店で外食。

海辺に別荘を持っており、なんだかんだといっては家族でバカンスに出かける。タイでバブルがはじけた時、彼のビジネスも大打撃を受けたらしいが、それ以前には、タイ北方のチェンマイにも、お洒落な山小屋風の別荘を持っていたと言う。大打撃のあおりで泣く泣く手放したそうだが、それでも海辺の別荘が一つは残っているのが素晴らしい。

Pさんの兄弟もやはり金持ち。不動産の一大プロジェクトを手がけており、建売住宅の街を丸ごと作っている最中だった。

タイではものスゴい金持ちは昔からものスゴい金持ちで、貧乏人は変わらず貧乏なのだという。双方ともそれでなんとなく幸せにやっており、努力して上を目指そうと思ったり、急転直下で転がり落ちる、なんてことはあまりないそうだ。もっとも、バブルがはじけた時には、Pさんのように持ち直すことが出来ず、とことん堕ちて行った金持ちもいたようだが。

しかし。

タイのお気楽な風土がそうさせているのか、Pさんには金持ち風をぶいぶい吹かせるようないやらしさはない。筆者が外国人だということもあるかもしれないが、人を上から見下ろすような胸くそ悪い話し方はしないし、裏表なく、至って気さくに接してくれる。自分の会社の社員に対しても、「ワシは社長様だぜ」といった威張った態度は見せていなかったように思う。

元来、気持ちに余裕がある人はわざわざ威張り散らしたり自分の有能さをひけらかす必要もないので、このようにおおらかに暮らしているものなのかもしれない。

さて、Pさんが筆者の住む名古屋へやってきた時のこと。

意外な話だが、タイでは牛肉が恐ろしく不味い。どういうわけか、恐ろしく不味い。お!美味そう!と思って選んだ牛肉の炒め料理が、エラい筋ばっていて、とてもじゃないが噛み切れない代物だったことがある。タイの牛肉料理に比べたら、日本のその辺のスーパーで買ってくるいずれの牛肉も、夢心地のような美味さである。

さて、牛肉の不味い国、タイから来たPさんの、大好きな「日本料理」の一つは、庶民レベルを一気にすっ飛ばして「マツザカビーフ」。以前日本に来た時に誰かにご馳走され、以来すっかりお気に入りだと言う。しかし、松坂牛の1人前のコースを取ろうと思ったら、安くて三千円、上等なものなら1~2万は軽くいってしまう。ていうか、筆者は食べたことすらなかったぞ!!!

タイの物価は日本に比べると随分安い。円とバーツの間には、単純にレートで計算したよりも更に大きな較差が存在する。例えば、10バーツは日本円で約30円だが、10バーツあればバスに2-3回乗れるし、道端の露店でちょっとしたおやつを買って小腹を満たすことが出来る。実際には日本で言うところの百円以上の価値があるのだ。そして、タイ人の一日の最低賃金は大体五百円くらい。三千円といえども、タイ人の1週間分の給料に当たるわけである。それをPさんは、惜しげもなくマツザカビーフに投入すると言うのである!彼がどれほど金持ちか、これでお分かりいただけるだろうか!

筆者がタイにいた時からPさんが名古屋へ来ることはわかっており、その際は君をマツザカビーフ・ディナーに招待するよ、と言ってくれていた。なので、あらかじめ適当な店をピックアップしておいたのだが、我が地元へいらっしゃるのだし、昼ごはんくらいはこちらでご馳走しようと思っていた。ところが、Pさん夫妻は、ランチにはスシをご馳走するよ、と言い出した。筆者がヘンなものを食べさせるよりは、食べ慣れた?スシをご賞味いただいたほうがよろしいと思い、滞在先のホテルのフロントに訊いて、近所の寿司屋を教えてもらった。勿論回らない所だよ!!

まずはPさん、特上セットを注文。奥さんは、ダイエット中で炭水化物を食べられないので、刺身の盛り合わせ。初っ端から飛ばし気味である。しかし、この程度なら筆者の財布でも何とかできる額である。初めの頃は「ここは私が」とでも言うつもりでいたのだが…

トロの好きな奥さん、さらに大トロの刺身を何皿も追加。Pさんも好きなネタを選んでどんどん追加。コレは美味いよ、君もおあがりよ、と、筆者のためにさらに追加。もっと食べろよ、何が食いたい?どんどん注文しなさい、と、Pさん夫妻の勢いはとどまるところを知らないかのよう。こういう店にはありがちだが、値段表が掲げられているわけでもない。もう幾らなのか皆目見当が付かない。こ、これはもはやワシの手に負えるレベルではない。おとなしくご馳走になるしかあるまい…。彼らが夕飯には松坂牛を食べに行くつもりだと言う話が出ると、寿司屋のご主人が美味しい所があると紹介してくれた。前もって下調べはしてあったが、ご主人推薦の店の方がよさそうだったので、そちらへ行くことにする。

その前に、彼らの次の目的、ショッピングである。日本独特の店と言えば、100円ショップと東急ハンズ。

日本通のガイジンがとかく行きたがるのがこの二つである。東急ハンズには、なんと2時間もいたよ!しかし、Pさん夫妻、これまた多量の商品を買い込んでくれたため、駐車券がばんばん発行され、駐車料金は全くかからなかったのである。

このように、行くとこ行くとこ金持ちぶりを発揮しているPさん夫妻であるが、彼らは意外と堅実で、必要なことには惜しみなくお金を使うものの、無駄な出費は省くように心がけているようだ。しこたま買い漁った品物をタイへ郵送するように頼まれたのだが、船便で、と指定。また、日本のとある本が入手したいと言うので、オンラインで注文してPさん宅へ送るように手配してあげたのだが、やはりこれも船便指定。Pさんの口からは「えくすぺんし~ぶ」という言葉もよく出てくる。

買い物の後は、いよいよ本日のメインイベント、マツザカビーフである。奥さんは焼肉が食べたかったのだが、このお店、高級すぎるきらいがあって、焼肉用の部位としゃぶしゃぶ用の部位と分けて提供しているようで、特別な部位を使用する焼肉は前もって予約がないと出すことが出来ないのだとか。仕方がないのでしゃぶしゃぶのコースを頼むことになった。コースのお値段は、下から5千円、1万円、1万2千円、1万5千円。何処がどう違うのやら。多分5千円のものでも充分美味いと思うのだが、Pさんたちには間違いなく美味しいものを食べていただきたいので、一応、お店の人にお伺いを立てると、1万円の物を薦められた。3人で3万円だ。タイ人の給料2ヵ月半分…眉毛一つ動かさず、おー!それにしよー、と朗らかにおっしゃるPさん夫妻、相当な金持ち感が漂ってくる…

グルメな友人にこの話をしたら、1万円の松坂牛が食べられるなら、アタシャ喜んで1日ガイドを買って出るよ、とおっしゃった。筆者は何も松坂牛目当てでガイドをしていたわけではないのだが…。

因みに、この後3日ほど名古屋に滞在したPさん夫妻、ホテルから歩いて行ける所にあった件の寿司屋には何度か通ったようである。夜の方が値段が高かった、とぼやいてはいたが。

さて、こんな朗らか金持ちPさん夫妻であるが、先にも述べたように金持ち的いやらしさ(庶民の偏見か?)が全然ない。アナタにお土産、と言って、タイから持ってきてくれたのは。

一緒に行ったレストランで筆者が飲み、美味しいと言っていた甘いタイ風のお茶の素、パッタイというタイ風焼きソバのレトルトパック。トムヤンクン用のスパイスセット。タイの英語版観光ガイド。なんつーか、筆者の好み、もろ把握されています…。免税店で買えるような高級タイシルクや高級カシミアマフラー(いやらしい日本人金持ちより貰ったことアリ)より余程ウレシい。

後日、名古屋で行われたイベントで、またもやPさん夫妻と顔をあわせたが、その時はコンビニで買ってきたと思しき巨大なドラ焼きとウーロン茶を差し入れしてくれたしなぁ。商売で忙しくて昼ごはんまで手が回らなかったので、ホントに助かった。Pさん夫妻、タダの金持ちではなく、ステキな気遣いをしてくれるステキな人々なのである。