タイ英語と戦う

タイに行く前、以前観光で行ったことのある友人にイロイロ話を聞いていて、タイでは英語が通じ難いんだよね、と言う話題になった。彼女曰く、観光地とか旅行会社では通じるには通じるが、相当訛っているので理解するのに苦労する、ということだった。タイ在住の知人も「タイ人英語を是非ともお聞かせしたい!」と皮肉たっぷりにタイ英語の現状を伝えてくれた。

しかし、そんなことは百も承知だった。なにしろ、筆者はタイに出かけるひと月ほど前に、仕事の都合で日本にやってきた今回の仕事の依頼主、Pさんと会っていたからだ。はっきり言って、彼の話すことの80%は理解できなかった。タイ訛りがキツイ上に、ものスゴい早口なのだ。それでも理解しようと努めて何度聞き返したことか!

さて、相対的に見て、必ずしも英語の発音が良くないと言われる日本語話者が、口を揃えて「ヒドい」と話す、タイ英語とは一体どのようなものか。

まず、タイ語の発音の特徴として、次のような点が挙げられる。

・拗音(ようおん)が存在しない

・声調言語なので、歌うような節回しに聞こえる

・末子音は口の形だけ保ち、発声されない(韓国語と同じ)

・表記上、二重子音でも、口語では二つ目の子音が省略されることがある

以上のような特徴を保ったまま話されるのがタイ英語なのである。

拗音と言うのは、日本語音声学では母音と子音の間に半母音[j]や[w]が入って表される音のことで、現代仮名遣いではイ段の仮名に小さい「や・ゆ・よ」を添えて表されるものが主である。元来日本語の音節にはなかった音で、漢字音をとり入れたために生じたそうだ。

タイで日本語教師をしていたことのある知人によると、タイ人が日本語を学ぶ時、この拗音の発音練習をことさら力を入れてするらしい。拗音をキチンと練習していないタイ人が、例えば「東京」を発音すると、「とーきあお」、「京都」は「きあおとー」となってしまうそうだ。筆者がタイにいる間には、「Japan」のことを「じあーぱん」(アクセントもヘンだ)と言うのをよく聞いた。

外来語の流入により、昔の日本と同じように、タイ人も拗音を難なく発音できる時代が来るのだろうか?問題は、今のところタイ文字に拗音を発音に忠実に表す術がないことである。日本語のように、小さい「や・ゆ・よ」を使ったり、「ヴ」のような本来ない表記法を編み出したり、フレキシブルに外来語正書法を確立する必要があるかもしれない。この点、日本人はエラかったなぁ、と感心する。

また、タイ語は音節中に高低アクセントの変化が現れる声調言語である。中国語がソフトになった感じで、まるで歌っているかのような心地良いリズムが感じられる。そういう母語の影響もあってなのか、彼らは、強弱アクセントをつける英語の発音はあまり得意でないようだ。タイ人に限らず、アクセントの位置を単語のパターン毎に覚えてしまえばなんてことのない話だが、この辺をキチンと押さえていない人が多かった。長い単語になると、勝手に後ろの方にアクセントが移動されてしまう。例えば、「expensive」は「えくすぺんしーぶ」と言った感じに。

アクセントの位置が変わっただけで「はぁ?何言ってんの?」とブロークン・イングリッシュと向き合う姿勢がゼロの高ビーな英語国民と違って、ある程度ヘタな英語も理解しようと努めるだけの柔軟さは持ち合わせている筆者としては、最大限の注意を払ってこの奇妙なアクセントと付き合おうとしたが、う~~~~む。今回はなかなか厳しいものがあったぞ…。アクセントの問題以外に、文全体に母語起源と思われる奇妙なイントネーションが漏れなく付いてくるのだ。コリアン・イングリッシュより手強い…。

韓国語と同じく、タイ語でも末子音は発声されない。相手と向き合っている時なら口の形が見られるのでまぁ、何とかなるとして、電話でコレをされると、むっちゃ辛いのだ!相手の発音が悪いのはまぁ、仕方ないとしても、こちらがキチンと英語らしく英単語を発音しても!彼らは理解してくれないのだ!理解してもらうためにはキチンとタイ英語らしい英語で発音しなければならないのだ!例えばこんな事件があった。

現地でお世話になったタイ人の方が、泊まる所が決まったら知らせてくれ、と言うので電話した。筆者が泊まっていたのは「White Lodge」というゲストハウス。しかし、末子音の「t」と「dge」をキチンと発音しても(勿論母音抜きよ)相手は全く理解してくれない。タイ人的には「わい・ろっ」と発音しなければならないらしい…。

次に子音の発音省略現象である。コレは実に厄介で、タイ英語理解の妨げの大きな要因の一つになっているのではないかと思われる。

頻繁に起こるのが、「k」「p」などと「r」「l」の二重子音の組み合わせで、「r」「l」が発音されず、初めの子音と次の母音が繋がって発音されるケースだ。文の最後に付ければ男性話者である事を表す「krap」という語尾があるのだが、これは口語ではほとんど「kap」と発音される。日本語的には「かっ」と言っているだけに聞こえる。

さぁ、この原則を英語に当てはめてみよう!例えば実際に、こんな事があった。

Pさんの息子が、ふざけて冗談ばかり言っている父親をたしなめて、筆者に向かってあきれたようにこう言った。

「He is ケイシー」

筆者は「ケイシー」と言う単語を知らなかった。なので彼の言っていることはさっぱりわからず、「その単語を知らないから、なんて言いたいのかわからない」と言ったのだが、その時のPさんの行動とタイ英語の特質を考え合わせると…

ハイ、そうです。正解は「crazy」ですね!(タイ語には「z」の発音もないようだ)

以上のような難解さを持ち合わせるタイ英語、一日中聞き続けると…かなりマイるよ!

日本人のOさん夫妻とともにPさん夫妻と同席したおり、感心なことに、Oさん夫妻、うんうん頷きながらタイ訛りのマシンガントークについていっている。いや、ついていっている様に見えた。しかし、後から奥さんが声高に(日本語で)言ったのは…

「Pといると、何話してるかわかんないから疲れるのよねっ!」

ひ~~~~~!わかってる振りしてただけかい!Oさんの方は、勘を働かせて奥さんよりは理解していたらしいけどやはり完璧にモノにしてるわけじゃないようだった…

そんなPさん夫妻には、タイにいる間に随分お世話になった。先日、日本で行われたイベントに参加するため、今度はPさん夫妻がこちらにやってきた。なので、空港までお迎えに行って1日中お相手したよ!

筆者はなんとか彼らの言うことを理解しようとして努力をした。わからない時は何度も聞き返したよ。自分だって完璧な英語を話すワケじゃないからお互い様だもんね。でも、何度聞いてもわからない時は諦めたよ…テキトーな所でわかった振りをしたよ。大事なところはとことん聞き返したけどさ。

国際交流はなかなか大変だ…。

でも、Pさん夫妻は良い方だ。これからも最大限の努力をして誠心誠意、良いお付き合いをしていきたいと思っている。