カナダ
第1節 カナダのフツーの人々

カナダでHIPHOP

ワーキング・ホリデー時代の友人で、やけにダンスの上手い子がいた。ナイトクラブなんかで踊るストリート系のダンスである。ビデオを見て自分で勉強したそうで、動きが明らかに他の人とは違っていた。

彼女に付き合って1度ナイトクラブへ行ったのだが、あ~ゆ~所で踊る事にはあまり興味がない筆者はイマイチ乗りきれず、そんなに楽しいものではなかった。

ところが、それから数年後。春になって、妙に体が動かしたくなり、ダンス教室にでも通おうか、と、何の脈絡もなく思い付いた。それからお稽古雑誌を買って教室探しである。いろんな所を見て回ったが、受付嬢の態度が悪い所が多くて閉口した。ファッションが過激なのはまァ、個性、という事にしても、爪に色を塗りながら対応するのはどうだろう?また、本当にビギナー向けのクラスを持っている所など殆どなかった。とある所に体験レッスンを受けに行ったのだが、初心者にはあまりに高度でついて行けなかった。そこの講師曰く、「より高度な事をやっていかないと上達しませんから。」

あの~、こっちはエクササイズとしてやりたいだけだから、上達する必要は全然ないんですけど~。しかし、どうも日本には、このような目的でダンス教室に通う人は少ないようである。

なんとか、受付の感じが良くて講師も親切な所を見つけ、1年ほど通ったが、やはり初心者には少々高度な内容で、毎回ついて行くのに精一杯、あまり楽しみも見出せないまま過ぎていってしまった。

ところで、カナダで知り合ったダンスの上手い友人は、確かカナダでは地元のダンス教室に通っていたはずだ。学生証を提示すると施設の利用料が安くなるというので、当時国際学生証を持っていた筆者に無理矢理利用証を作らせて、それを彼女が使う、というセコイ申し出をしてきた事があったのだ。はっきり言って断りたかったのだが、こちらが断りたいと思っている事など彼女は露ほども感じていなかったらしい。なんだかんだで強引に押し切られてしまった。

そんな事を思い出したので、コミュニティセンターを回り、ダンスのクラスがある所を探してみた。すると、ダウンタウンのセンターの1つにHIPHOPとJAZZが手頃な値段で習えるクラスがあった。両方とも同じ講師の担当で、彼女は非常にフレキシブルな提案をしてくれた。彼女の受け持ちのクラスのいずれかに申し込んだ場合、何かの用事でクラスに参加できなかったら、違う曜日、あるいは違うクラスを代わりに取っても良いと言うのだ。このセメスターの間に1度日本に帰る事になっていた筆者にとっては、これは非常に有り難かった。HIPHOPのクラスを週一で申し込み、週に2回通ったり、JAZZのクラスに参加したりして、帰国時に休んだ分も無駄なく消化する事ができた。

また、彼女のクラスは非常に楽しかった。

日本のダンス教室では、毎回講師が振り付けを教えて、それを覚えて踊っていたのだが、振りが結構難しく、なかなか覚えられなかった。毎回ヘンなタコ踊り状態で消化不良のまま帰途につくのが常だった。ところが、カナダのクラスでは、講師のオバさんが曲に合わせてする単純な振りを真似て身体を動かすだけで良かった。

参加者は、若者からオジさん、オバさんまで様々な年齢層。そして皆、筆者と同様、殆ど初心者で、動きも無様である。そうなのだ、皆、エクササイズと楽しみを目的に来ているのだ!上手く踊ったり、「上達」したりする必要は特にない。講師のオバさんも、細かい事は全然気にせず、タコ踊り状態の我々に向かって、「Oh! You guys are so great!」と叫び、自信を付けさせてくれるのだ。新しいステップを教える時も、曲を止めずに2倍のスロースピードで数回やって見せてくれるので、覚えが悪い筆者にもこれはわかり易い。そもそも、複雑な動きがあまりなく、単純な動作の連続なので、ホントにラジオ体操をやっているような感じで楽しいのだ。

日本のクラブでダンスコンテストを見た事がある。皆それなりに格好良く踊るのだが、妙にテクニックに走ったような振り付けで、表情は硬く、ダンスの楽しさが伝わってくるようなものは殆どなかった。即ち、表現力が乏しいのだ。文化的な土壌の違いのせいか、ダンスフロアで普通に踊っている人を見ても「外人」と「日本人」では明らかに雰囲気が違う。これはフィギュアスケートやその他のダンスの世界でも同じ事だろう。

1月になり、新しいセメスターが始まった。彼女のクラスは、第1週は無料のトライアル・レッスンをしていたため、筆者はとお~い所から、片道1時間、交通費往復6ドルかけて参加した。一緒にどお?と誘った友人も、初めは「初心者だけど大丈夫だろうか?」と心配そうだったが、クラスが終わる頃には、「むっちゃ楽しい、これから通うかも!」と息巻いていた。

前のセメスターの時は振りを真似るのに精一杯で、イマイチ表情が固かった筆者も、慣れてきた事もあり、実にのびのび、楽しく踊っている自分に気付いて少々驚いた。間もなく日本に帰る筆者には、多分これが最後のクラスになるだろう。その事を講師のオバさんに話すと、「カナダに来る事があったらまたいらっしゃい」と言ってくれた。ついでに、日本のラジオ局に売り込みをかけて頂戴、と、自費出版のCDまで持たされてしまったのだが(彼女は歌手でもあるのだ)。

まだカナダに居残って通う事のできる友人がとても羨ましいと思う。ファンキーでステキな講師の彼女を、日本に連れて帰りたい気分だった。