韓国
第5節 釜山マジックフェスティバル

韓国で商売するのはなかなか大変

釜山のマジックフェスティバルでは、ショーの出演の他にマジック用品の販売の仕事も行っていた。とは言っても、メインの仕事はショーの方なので、「疲れるとショーに影響するから」とか言って、ショーのある日は全くブースを開けなかったのだが。そもそも筆者は接客業が大嫌いで、出来ればこんな仕事はやめたいと思っているくらいなのだ(しかし、悲しいかな、今の筆者の生活を細々ながら支えているのは、どちらかと言うとこちらの商売の方…)。だから、なんだかんだと口実を作ってはゲスト用の休憩所へサボりに行ったものの、「仕方がない、そろそろやるか」と、結局はブースへ戻らざるを得ない辛い(!)毎日だったのである。

さて、韓国でブースを出したのは初めてなのだが、他の国に比べて特徴的なことがいくつかあるこの国では、大変さが倍増した。

まず。

客層が若すぎる。韓国でマジックがポピュラーになりだしたのは、実にここ数年のこと。日本も含む他の国では、金だけはやたら持ってる爺さん婆さんがマジック愛好家層の広大な裾野を形成していて、彼らが無闇矢鱈と商品を買い漁ってくれるがためにディーラー業が成立していると言っても過言ではない。しかし、韓国にはその老年愛好家層が存在しない。顧客は若年層のみで、そして若者と言うのはえてして金を持っていない。パパやママがスポンサーになっているようなちびっ子マジシャンならともかく、その辺もすっ飛ばした微妙な年齢層(10代後半~20代前半)が大半であるようで、湯水のようにお金を投入できる身分のアマチュアさんはそんなにいるワケではない。価格の高い商品しか置いていない筆者のブースのお客さんは、セミプロか、プロ、即ちマジックの道具を道楽ではなく、投資すべき対象と心得ている人たちが多かった気がする。

だもんだから、なんだかブースの前に黒山の人だかっていたとしても、ホレ、彼らの主な目的はサインか写真だ。まー、商品が売れなくてヒマだったし、ファンサービスも仕事のうちだと割り切っていたので、周りの迷惑も顧みずに商品を陳列してあるテーブルに群がってサインを要求する迷惑な輩を上手いこと交通整理しつつ、応じてはあげたけれど(しかし、彼らは丁寧にお礼を言うなど、往々にして礼儀正しかった。さすが儒教の国)。

客層が若いのに加えて、この国は「市場で値切る」のが常識となっているのがこれまた厄介。市場には値札がないので、いくら?と訊いて返ってきた答えが固定価格なワケではない。如何に交渉して安く上げるかが買い手の腕の見せ所。市場での価格は「存在しない」も同然なのだ。これは、金持ちや言葉のわからない外国人から金を巻き上げるシステムなのではないかと思うのだが、どうだろう?
という手法を、カネのない若者たちがココでも敢行しようとするから始末が悪い。一言目には「高い!」、二言目には「安くしろ」だ。こちとら適正価格を明示しているにもかかわらず。確かに、それは若者の財布にはイタい価格である。加えて、韓国にはコピー商品が山のように出回っており、オリジナル商品よりもかなり安価で買える。世界で流通しているマジック用品の一般的な価格が余計に高く見えるのも道理。

しかし。

筆者の販売している道具は工業製品ではなく、実に手間暇かけて、1つ1つ手作りしたものである。即ち日本における人件費がそのまま価格に反映されている。価格が高いのも道理ながら、言い換えれば、自分の身を切り売りしているようなもので、そんな苦労に思いも馳せられない、自分で工夫も何もせずに道具だけ買っているようなワカゾーどもから「高い!」「安くしろ」と責め立てられるのはビミョーに腹立たしい。つーか、アタシがアンタらくらいの歳の時には「お金がない」とか言う前に、道具も衣装も何もかも自分で作ってたよ?(実を言うと今でもそうだ)

そもそもアンタらのようなケツの青いガキがこんな高い道具に手を出すんじゃありません!!!!!(ディーラー自身がこんな事を言うのは、なんだか矛盾しているようだが、これは一面の真理でもある)

駄目押しに、筆者がショーの演技の中で使っている道具を持ち出して、「あの道具は売ってないの?」と訊ねる愚か者まで登場。

誰がオリジナルアクトの道具を商売のネタにするものか!!!!!!
(韓国ではこの辺の常識がまだまだ確立されていないようだ)

ていうか、他人のネタを簡単に真似しようとするなよ!
(韓国ではあからさまなコピー演技がたんと見られる。既にコピーのコピーまで出ていたり)

しかも、自分で工夫をしてその道具を作ろうともせず、「道具を買って」早道で済ませるか?
(韓国では同じような安物の道具を使った個性の薄い演技がゴマンと見られる)

自分の国では既に絶滅しかかった非常識と戦い続け、「本来ワカゾーどもに期待したい創意工夫」とはかけ離れた低次元の発言にいちいちプチ腹を立てている自分になんだか情けない思いをし、自分の方が「悪い人」になった気がしてますます「ディーラーなんか早々に辞めたい」と思ったのであった。

もう1つ、面倒だったのはお金の扱い。レート計算すると日本円と等価の韓国ウォンは1桁多い額となる。千円のものは1万W弱、1万円のものは10万W弱。10万円はなんと100万W(弱)!!!!!エライ金持ちになった気分である。

金持ち気分になれるのはともかく、額が大きいと、その数字を声に出して言うのがなかなか面倒である。1桁付け加えて考えなければならない上に、これを英語で言う場合は余計に混乱する。何故なら、西洋の数字は東洋のそれと単位のシステムが異なるからだ!ご存知のように、西洋の数字には万の単位がないので、1万、10万が10千、100千という数え方になる。

が、日本語も韓国語も漢数字を使って数える。加えて漢数字の発音も似ているので、金額を述べる場合は、韓国語で言った方が簡単だ。だから、韓国人相手に英語で話していても、価格だけ韓国語、という妙な会話が繰り広げられた場面も多々アリ。

が、どういうワケかココにフランス人のおねえちゃんが紛れ込んできた事があった。このおねえちゃん、英語が得意でない上に、計算も余り得意でないようで、加えて彼女はユーロの流通する国から来ていた。彼らからしたら、韓国ウォンに「取り憑いて」いるゼロは「多すぎる」以外のナニ者でもない。金額を告げるだけで筆者より更に輪をかけてオロオロする始末。彼女の買いたい品物が12万Wだったのだが、それを表現するのに「12…ゼロ、ゼロ、ゼロ…がいっぱい」てなカンジなのだった。

ところで、韓国では高額紙幣が余り流通していない。普通に出回っている最高額紙幣が1万W。従って、例えば100万Wの売上があれば100枚の札束となってしまうワケで、持ち運びに甚だ不便…。フツーに生活している場面でも、財布の中は1万W紙幣で一杯、というカンジなのである。

また、お客の中には英語も日本語も全く話せない人が当然いる(日本語を話せる人がいる、と言うこと自体、他の国では有り得ない素晴らしさだが)。ディーラーブースを仕切っていたスタッフの中には英語や日本語が堪能な人もいて、しょっちゅう助けてくださったので、言葉に関しては特に問題なく事が運んだのだが、韓国語しか話せないお客さんの中にはかなりぶっ飛んだ常識をお持ちの方もいてびっくらした。

ド派手なイデタチのとあるおねえちゃん、筆者の店の名刺を見て「インターネットでも注文できるのね」と喜んだまでは良いのだが、その後にこう言ったのだ。

「韓国語で注文できる?」

………………。

今アナタの目の前にいる店主であるアタシと通訳さんを通じて会話していると言うのに、どうやったらそういう都合の良すぎる発想が出来るのだろう???オンライン通販は常にマルチ言語に対応しているというのが宇宙の常識ならともかく…外国のサイトなら、フツーは英語でやり取りしないかい?

このおねえちゃんにとっては、きっと韓国が世界の中心なのだろう。そこで愛でも叫んでください。