ラテンの壁

筆者はラテン人が苦手だ。大雑把でルーズで無闇に明る過ぎる所が筆者の性格に余りに相反するので、実に反りが合わないのだ。

ラテンの国は、今までにポルトガル、スペイン、イタリアと訪れた事があるが、いずれもなんとなくしっくりこず、もう一度訪ねてみたいとは思わなかった。もう一つの代表的なラテンの国、フランスは、これまで幾度となく訪れる機会に恵まれそうになったにもかかわらず、彼らのテキトーさが原因でいずれもポシャってしまっている。そろそろいい加減愛想が尽きてきたので、今後自ら進んでフランスに行くことはないのではないかと思う。

それに引き換え自分の性分によく馴染むのがドイツ語圏の国々。個人差はあるものの、ドイツ語圏の人々は、多くは几帳面で誠実だ。表面的にはラテン人のように開けっぴろげに明るくはないが、外国人に対して親切で、根の深い部分でアジア人と繋がっているような所がある。英語が通じるので旅行もしやすい。

そんなこんなで、ここ数年の筆者のヨーロッパ旅行先はドイツ語圏に集中している。

そのドイツで。

なんとラテン人に取り囲まれる羽目に陥った!囲まれると言っても二人だけだが、苦手なモノだけに迫力的には十分だ!

一人は直近で知り合ったばかりのフランス人Aさん。たまたま筆者のドイツ滞在期間中に彼もドイツ各地を訪問する予定になっており、日本を発つ前からその事はお互い知るトコロとなっていた。幾つか同じ都市を訪問し、且つ滞在期間がビミョーに被りそうな事もわかっていた。

すると。

「僕の友達のウチに一緒に泊めてもらえばいいよ。彼らに訊いてみるね!」と、頼みもしないのに申し出があり、「是非よろしく」とも「結構です」とも答えないうちに「OKだって!」と報告された。しかも、実はその友人というのは筆者の知人でもあった。頼むなら自分で頼んでるよ、と伝える間もないハヤワザ…。

この事からもわかるように、彼はエラくマメな人で、メールを出すと速攻返事が返ってくる。しばらくないと思っても、「君の事忘れてたワケじゃないよ。ちょっと忙しかったから。また後でゆっくり返事を書くね!」というメールが舞い込んでくる。返事を要してメールを出したのに、ナシのつぶてとなる場合が大半である中で、このマメさは有難いといえば有難いのだが、筆者にとっては少々お腹一杯なカンジでもあるのだ。この傾向は実際に本人に対面すると、ますます顕著になる。

彼とは、まず、ケルンで再会した。詳しい話は割愛するが、とにかく、先走る、先走る。筆者が話した事の内容をよく理解していなかったのか、何かを誤解したのか、見当違いの事をがんがんまくし立てるので、こちらが唖然として何も返せずにいると、「そんな風に僕を見ないで…」と、切なそうに呟く。そんな風ってどんな風だよ…。こっちは単に呆気にとられていただけなのに。

でもって、「ケルンには何日滞在するの?」というので、明日発つかもう一日いるかわからない、朝起きたら決める、と話すと、またもや友達に泊めてもらえるかどうか頼んであげようか、ときた。友達、というのは、やはり共通の知人で、彼らはケルンでショーをするために別の街から来ていたのだ。その彼らも、彼らの友達の所に滞在していたので、都合、友達の友達の所に転がり込むことになる。仮にAさんを通して滞在の交渉をしてもらったとしたら、知人を二人通して頼むことになり、なんだか回りくどい過ぎる。て言うか、頼むつもりなら彼を通さずに直接頼んでいる。投宿先から荷物を移動させるのも甚だ面倒臭いし、大体、もう一泊するかもしれない理由というのも、朝ゆっくりしたいから。荷物の移動でバタバタしていたら滞在延長の理由そのものがなくなってしまう。てなワケで、申し出は丁重にお断りしたのだが、「ホントにいいの?君の返事次第だよ?」「少しでも費用がかからないように助けてあげようとしてるのに」と、とにかくクドい…。こっちは本心から断っているのに。ナンですか?日本人は何か申し出を受けたら二、三回断るのが建前、という前世紀の常識をまさかラテン人の彼が持っているワケでもないでしょうに。

さて、ほんの短い邂逅だったにもかかわらず、どっぷり疲れてしまった筆者は、Aさんのことを知っている知人にその愚痴をメールで漏らしてなんとか発散。しかし、まだ終わっていないよ!彼とはベルリンで遭遇する可能性も大いに残っていた!滞在先まで一緒になったらカナワンと思い、先だって申し出のあった彼との共通の知人の所は避けようとした。が、アテにしていた別の知人宅は都合が悪く、仕方なく共通の知人、Bさんに連絡をした。因みにこの方もフランス人。

Aさんより一日早くベルリンに着いた筆者は、Bさん宅の最寄の駅までたどり着いた。迎えに来てくれたBさん、やはりラテンのノリ。まず、お宅に向かう車の中で、明日の朝食には何を食べたいか、と訊かれる。朝は和食じゃなきゃ駄目!とか、イングリッシュ・ブレイクファストじゃなきゃ駄目!とか、ワガママなことは言うつもりもないし、実のところ何でも良い。なにしろこのところずっと、ユースホステルのイマイチな朝食ばかりだったのだから。

Bさんは、ウチにはパンやシリアルがあるし、コーヒーやお茶や果物もあるという。だったらそれで十分である。そう答えると、「でもナンか特に食べたいモノとかある?」と食い下がる。イヤ、だから好き嫌いは特にないし、食べられれば何でもいい、と言ったのに、じゃあウチに行く前にちょっと買い物していこう!と近所のスーパーに立ち寄った。――人の話全然聞いてねーし。

そして、各売り場の前でいちいち好みを聞かれる。

パンはどれがいい?

一度くらい何か意思表示をするべきかと思い、イングリッシュマフィンを指差した(結局、これは一度も筆者の口には入らないウチに消えてなくなった)。しかし嗜好の問い合わせは更に更に更に、果てしなく続く。ハム売り場で、ソーセージ売り場で、チーズ売り場で、果物売り場で、ジュース売り場で、ヨーグルト売り場で…。
さて、この晩、彼はパフォーマンスのお仕事があった。レストランで客のテーブルを回ってマジックを見せるのである。そこで食事も出来るから一緒に来るといい、と誘ってくれたので、ついていく。この日は生憎客の数が少なく、仕事はすぐに終わってしまい、彼もそこで食事を済ます。赤ワインをグラスになみなみと注いで約二杯。

あの、車、運転してきましたよね?

どうもドイツでは少量なら酒気帯び運転OKらしい(血中アルコール濃度0.05%以下)。だけど――帰りの運転はかなりアグレッシブでコワかったです…。

ところで、Bさん、無類の綺麗好き。ウチの中がやけに綺麗だと思いきや、到着してイキナリ、次のようなことを要求された。

「洗面所を使ったら蛇口とその周りをこの布で拭いてね!」

オイルヒーターの上に置いてあるワイプクロスを指す。ミクロの汚れも拭き取る特殊加工品だ!シャワーを使った後もシャワーヘッドをこれで拭かなければならないようだ。当然、髪の毛なんかが排水溝に残っているのも駄目だろう、と思い、先手を打って「髪の毛はどうしたらいい?」と訊くと、ちり紙で掬い取って便器に流すように、とのことだった。こう話している間にも、床に汚れを見つけた彼、ちり紙をむしり取って床掃除を始める。

う~む。数日ならともかく、この人と一緒には暮らせない…。

ゲスト用のトイレには、座って小用を足すように促すピクトグラムのシールが貼ってあった。まー落下地点が低い方が汚れが飛散する確立が低いからトイレを綺麗に保つには有効なのだろうけど――男性の方々、座って小用って、どうですか?

因みに週に一度掃除のオバさんが来てウチ中綺麗にしていってくれるんだそうな。しかし普段からこんなに綺麗ではオバさんも掃除のし甲斐がないに違いない。

さて、翌日の晩、Bさん宅に到着したAさんに再会する。「また会ったね!世界は狭い!」と言うAさん。ココに来ることはわかっていたんだから、今更イッツ・ア・スモール・ワールドもないだろうに。この晩はラテンの圧力に圧される事もなく、平穏にやり過ごしたが、翌朝。

彼はドイツに来てから買ったという小さな本を持ち出して、イキナリ筆者に見せびらかし始めた。「Made in China」というタイトルで、中国の怪しい広告素材が満載のカラー図版。デザインセンスは昭和初期のモノによく似てなんとなくダサいのだが。

「見てご覧、これ、スゴいイカすよね。なんてキッチュなんだ!大好きだよ!」

と、矢鱈「キッチュ」を連発する。なんだか不気味な表情の東洋人が歯を出してニカっと笑っているイラストは筆者には余り趣味の良いものには見えなかった。なんとコメントして良いのやら。この本の中で彼が一番好きなのは毛沢東のモノクロの似顔絵。後ろから後光が差していて、主席の威厳よりは漫画チックな可笑しさがある。て言うか、これが毛主席の似顔絵だって、彼は知っているのだろうか?芸術家の彼はこういうフシギな素材から何かしら作品のヒントを得ると言うのだが。

もう一冊は、大判の写真集。女性有名人に精緻なボディペインティングを施して撮影したもので、これは結構面白かった、のだが。もっとゆっくり見たかったのに、「見てご覧!これはスゴいよね!」とAさんは自分のペースでページを繰って行く!

更にもう一冊、レタッチをふんだんに施した写真作品集。毒々しい色使いの危うい作品が多く、中にはかなりグロいモノもあった。実写の人物をフィギュア風にアレンジしたアニメチックな作品を指して彼が言うには。

「スーパーインクレディブルだ。ホントにスゴ過ぎるぜ!!!」

筆者にはイマイチ良さがわからなかった。

そう言えば以前、ある日本の映画を見た、と彼がメールに書いてきたことがあった。その映画は筆者にとってはストーリー性ゼロの大駄作だった。どんな駄作でも、テレビで見ている限りはBGM代わりにしながら最後まで見るくらいの我慢強さは持っている筆者が、こんな酷い映画、BGMにもしたくねー!と憤って途中でテレビを消してしまったくらいのしょうもない作品だった。そういう意味では、パールハーバーの名前を借りたアメリカ製のくだらん恋愛映画より酷い。が、彼は「この映画は複雑だが天才的!ストーリーはアンユージャルでブリリアント!」とベタ褒めしていた。上記のエキセントリックな写真作品集を見た時、筆者はふと、件の映画の中の色使いを思い出した。はっきり言って、全く同一の世界観なのだ!なっとく!

ラテンのノリは翌日以降も更に更に更に、果てしなく続く。この辺はAさんもBさんも同質である。

まず、二人とも英語はかなり上手いのだが、第一言語はフランス語。二人で会話をする時は勿論フランス語だし、時に筆者が加われるような話題でも手っ取り早くフランス語でなされることがある。「いけない!英語で喋らないとね!」と、我々より一回り以上年上で、Aさんよりは多少気の利くBさんは言うものの、三秒後にはフランス語に戻っている。ドイツ語なら知っている単語がいくつかあるし、英語に似た単語も多いので、それらを拾って多少は会話の内容を推測することが出来るのだが、フランス語では大いにお手上げである。何分、勉強しようとした言語の中で、最も早く匙を投げたのがフランス語。原因は、初めて履修しようとしたフランス語のクラスがエラいつまらなかったこと、そして聴き分けも発音も不可能な母音が矢鱈滅多ら多過ぎたことである。筆者の頭の上を通り越してラテンのノリで繰り広げられるアグレッシブなフランス語会話は…筆者にとってはまるで意味を成さないフシギな音声の羅列でしかない。

さて、ある日のこと。Bさん宅に筆者の知人が訪ねて来てくれて、街中まで彼の車で外出することになった。街の本屋へ行って、更に更に更にキッチュな本を探し出して買い込みたいAさんも便乗する。彼にとってベルリンは初めて。帰りは公共交通機関を使って一人で帰ってこなければならないので、Bさんが最寄のバス停の名前や乗換駅を紙に書いて説明する。ドイツ語の綴りや発音は、フランス人にとっては簡単なモノではないらしく、ロクに説明に耳を傾けもせず、音声のみから「あー、頭痛くなってきた」と弱音を漏らすAさん。てゆーか、ちゃんと人の話を訊いておかないと…。

いざ車に乗って出掛けると。後部座席のAさん、ラジオから気に入った曲が聞こえてくるや、「もっとボリューム上げて」と筆者の知人に指図をし、その音声に合わせてシャウトし始めた。あの…五月蝿いんですけど?

さて、その日の夕飯は八時頃ということだったので、筆者はそれよりやや早めに戻って来た。

が。

Aさん、八時過ぎても戻ってこない。そこへ電話がかかってくる。Bさんが出て、電話口で何やらスペルを綴っている。最寄の駅の名前だ!きっとAさんからで、帰り方がわからなくなったとか言っているに違いない。案の定、Bさんが書きしたためたメモは忘れていってしまい、しかもよく見るとリビングのテーブルに携帯まで置き去りにされている。

オィ…。注意力散漫過ぎます。

Bさんはフランス語で話していたが、筆者は一回説明しただけで昨日ちゃんと戻って来られたのに、と言っているのがわかった。そりゃ、その辺アタシャ慎重ですから。実のところ、最寄のバス停の名前は聞いていなかったのだが、乗る時にバスの番号とともにしっかりメモを取っておいたのだ。ケアレスなラテン人と一緒にしないで頂きたい。

結局、彼は夕食に一時間遅刻してきた。道を見失って疲れたのかナンなのか、それにしては相変わらずのハイテンションだったが、「英語を話すには僕は疲れ過ぎてる。えくすきゅーずもあ」とか言って、またまたBさんとのフランス語会話炸裂。が、食事が終わった後は、彼が泌尿器科にお世話になった際のシモネタを大披露。この時は何故か英語だったよ。そしてスーパーインクレディブルに元気溌剌だった。

疲れていたんじゃなかったの?

彼のハイテンションは翌日も続く。

「リビングで一緒にアイスクリーム食べない?」と筆者の部屋に乗り込んできた彼。なな?ナンですか?その怪しいサングラスは?何処で見つけてきたのか、ミラーコートの大振りなサングラス。彼曰く、やはりキッチュでイカした品物だそうで。でね、なんか、そっくりだったのだ、少し前にシモネタと腰振りで大ブレイクした我が国の某コメディアンに!そういえば顔の骨格がよく似ている。細身で長身、シモネタ好きな所も大いにダブりまくっていた。

筆者をうんざりさせたのは、彼が矢鱈とイエス・ノーの判断を迫ること。「好きでも嫌いでもない」ものや「良くも悪くもない」、実のところ興味がないので何の返答の仕様もないものに「どちらかといえばイエスかノーか」という答えを与えるのは結構苦しい。例えば、彼が撮ったばかりの写真を見せられて、「これは好き?嫌い?」と問われる。取り立てて嫌いでもないが、大好きでもない。ならば「好き」と答えるのが親切であると思うのだが、素っ気無い筆者のその返事に彼は満足しない。「嫌いなのに好き」という不誠実な回答だと受け取ったようだ。彼にとっては「I don’t care(どうでもいい)」と明確に伝えた方が親切なのか?

また、常にハイテンションの彼にとっては、ベースラインがローテンション(良く言えば冷静)の筆者は「人生儚んでいる可哀相なヒト」に見えているのかもしれない。筆者のテンションを引き上げようと、何かしら構ってくれようとするのだが、実はそれらは筆者の欲するトコロではない。決して悪い人ではないのだが、持っている心の時計がまるで違う。彼の親切は筆者にとっては大きなお世話以外の何物でもないのだ。

彼は近々とあるプロジェクトのために来日するつもりだそうで、そして、そのプロジェクトの中に筆者も含まれているらしいのだが…どうやってその約束からバックレようか、あるいは自身のラテン人嫌いを乗り越えて、気分良く彼と過ごせるように努力すべきなのか、大いに悩むトコロである。